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過去の撮影記録から

2015年11月 8日 (日)

シリーズ「過去の撮影記録から」(22)37年間、ありがとう 381系特急「くろしお」(JR新大阪駅にて)(2012.3.3)

先月の30日をもって、1978(昭和53)年から特急「くろしお」で活躍していた、381系電車が引退しました。

今回はお蔵入りしていた写真の中から、2012年3月3日にJR新大阪駅に撮影に行った記録をお送りします。

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パノラマグリーン車連結の列車「スーパーくろしお」です。
(同年3月17日のダイヤ改正にて、列車名を「くろしお」に統一した)

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このあと、同じホームに「くろしお5号」が到着します。

詳しいことは失念しましたが、先ほどの「スーパーくろしお」は、HDDに保存されたデータを見たところ、9時台の1本目(9時台は2本あり)の列車だったようです。

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ほどなく、列車が到着。
このあと、列車表示の幕が変わったので、記録しておきました。

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JRになってから、少し経って登場した「しはらま」。

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こちらは、国鉄時代の1984(昭和59)年に関西で初の「ホームライナー」として登場。
JRになり、2011年3月のダイヤ改正で廃止された「はんわライナー」。

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再び「くろしお」へ。
(あまり意味がなかったような・・・(^^ゞ)

なお、このパノラマグリーン車を連結しない編成(アコモ編成)は、同年6月1日に287系との置換えで、営業運転を終了しました。

この「くろしお」。
沿線にパンダで有名な「南紀白浜アドベンチャーワールド」にちなんだパンダ列車があるという情報を入手していたので、見に行ってみました。

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こちらです

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イラストも、かわいいですねぇ

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爽やかなデザインの表記類も記録しておきました。

※おまけ画像

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時間は前後しますが、同駅止りの683系「こうのとり」とJR東海383系「(ワイドビュー)しなの」も写しておいたので、この場を借りて、紹介します。

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683系「こうのとり」。

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383系「(ワイドビュー)しなの」。

最後までご覧いただき、ありがとうございます。
クリック、お願いします。

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2015年6月12日 (金)

シリーズ「過去の撮影記録から」(21)2008年に訪問した、枚方市の山田池公園にて(2)

こちらの記事の続きになります。

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以上が、花しょうぶです。

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このあと、あじさいを見に行きました。

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1時間ほど見学して、帰宅しました。
拙い写真ばかりでしたが、ご覧いただきありがとうございましたm(__)m。(完)

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2015年6月10日 (水)

シリーズ「過去の撮影記録から」(21)2008年に訪問した、枚方市の山田池公園にて(1)

今回は、今から7年前の2008年に大阪府枚方市にある、山田池公園に紫陽花と花しょうぶを見に行った時の記録を紹介します。

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当時はまだ購入したばかりのコンデジでした。
この場所を撮影したのが、ちょうど12時でした。

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この日は、大勢の人で賑わっていました。

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まずは、花しょうぶから。
たくさんの種類があり、品種(?)ごとに札が立っていました。

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まだまだありますので・・・。(つづく)

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2014年8月24日 (日)

シリーズ「過去の撮影記録から」(20)20年前に訪問した、JR阪和線和泉砂川駅付近などにて(番外編)

今回の土砂災害の被害に遭われた方々には、心よりお見舞い申し上げます。

今回は、今年も熱中症などへの影響があった、猛暑にちなみ、20年前の涼しい(?)話題をお伝えします。

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以前お伝えした、1994年当時のJR阪和線の和泉砂川駅の構内の様子です。

この画像は、天王寺方面のホームから、天王寺方面に向けてとらえたものです。

向かって左側から順に1番線2、3、4番線とホーム番号が振られています。

4番線には205系(1000番台)この駅折り返しの列車として停車、2番線の103系は快速天王寺行き()、3番線の103系は和歌山行きの普通列車となっています。

今回、採り上げるのは、中央のスカイブルーの103系です。
よ~く見てみると、今ではあまり見られないモノが、屋根上に載っています。

これは、JR西日本が当時(1988年~)、改造コスト削減と車両の早期の冷房化推進のため、WAU102形と呼ばれる、インバータクーラーを3台搭載しているのです。

WAU102形は、東芝製と三菱電機製と2種類あり、形状の違いや外部ルーパー(吹き出し口)形状などに違いがありますが、性能には大きな差はないため、混載する車両も存在していました。

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上にあげたのは、東芝製のクーラーです(上はクモハ103-41、下はクハ103-164)。

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こちらは、三菱製のクーラーです(クハ103-158)。

WAU102形は、ご覧のようにJR西日本所属の103系初期製造の車両や113系などに取り付けられました。
しかし、従来のAU75形(集中型クーラー)に比べ、冷房能力が不足することから、特に関西地区では優先的に廃車が進められる結果となりました。

現在103系の搭載車として残っているのは、広島運転所に所属の4連3編成(12両)のみとなっています。

自分も実際に見たものは、ほんのわずかでしたが、以前はこのようなクーラーを搭載した車両が走っていたことを知っていただければ・・・と思った次第です。

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2014年7月21日 (月)

シリーズ「過去の撮影記録から」(21)高校の部活の夏の合宿で乗車した、JR姫新線

今回は、今から24年前(1990年)、私が高校生の時分の夏休みのとある日のお話です。

当時高1だった私が入部していた部活ですが、以外にも鉄道研究部ではなく、科学部でした。

入部のきっかけはさて置き、私はこの年の夏休みに、科学部の合宿(2泊3日)に参加したのでした。

その場所ですが、当時の施設名は覚えていませんが、ネットで調べたところ、現在の兵庫県立大学西はりま天文台(以下、同天文台)と思われます。

経路ですが、JR大阪駅に集合し、姫路駅まで山陽線(JR神戸線)に乗車しました。

この時、すでにほとんどの新快速が、221系となっていて、私たち科学部の部員は、往路の大阪-姫路間は新快速(当時は221系と117系)と快速(当時は113系)を乗り継いでいたという、あいまいな記憶が残っています。

さて、姫路から同天文台へは、JR姫新線に乗り換え、同天文台の最寄り駅である、佐用(さよ)という駅まで乗車したのでした。

姫新線のうち、姫路-上月(こうづき)間は、高速化事業のため、キハ40・47形にかわって、2009年3月からは、キハ122・127系で運転されています。

私たちが乗車した頃は、キハ47形2連(0番台+1000番台)のワンマン運転でした。

しかし、まだ冷房化はされていなく、むしろ、塗色も含め、旧国鉄時代に近い姿でした。

現在、私の手元には、帰路の姫新線に乗車した際に、部活の先輩からお借りしたカメラで撮影した写真があります。

その中から、いくつか紹介します。

現在は、智頭急行との接続駅となっている佐用から、私たちは姫路行きの列車(キハ47形2連)に乗車しました。

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これらの写真ですが、帰路に乗車した姫路行きの列車の車内から撮影したものと推測されます。

この写真ですが、播磨新宮駅のようです。

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先ほどの列車が上月(こうづき)に向かって行きました。
この写真ですが、私たちが乗車している列車が写っています。

まだ、窓を開けていた時代ですね

ちなみに右下に写っていますが、撮影日は1990年7月19日のようです。

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当時のキハ47形の車内です。
ほぼ、旧国鉄時代のままです。
私たちが乗っていたのは、キハ47 140です。

この車両は、現在は城端(じょうはな)線などの車両を管轄する、富山地域鉄道部 富山運転センター(金トヤ)に所属しています。

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この写真は、うしろに見える駅名票から本竜野駅と分かりました。

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これは、キハ47形の一部分のようです。
おそらく、遊び半分で撮ったのでしょう

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これは、列車の車内から撮った車窓の一場面です。

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この写真は、おそらく帰路で撮ったものと思われます。

当時の西明石駅の光景です。

原形前照灯(通称:大目玉)の113系や、スカイブルーの201系がまだこの頃活躍していたのです。

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・・・というわけで、帰路に乗車した列車は、まったく覚えていません・・・

ところ変わって、ここは・・・?

福知山色の117系が写っているところからすると、当時の福知山線(JR宝塚線)?

と、いうことは大阪駅??

今回は、この辺で。

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2014年5月12日 (月)

シリーズ「過去の撮影記録から」(20)20年前に訪問した、JR阪和線和泉砂川駅付近などにて(2)

こちらの記事の続きになります。

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当時(今から20年前です)、特急くろしお用として、1978(昭和53)年に登場した381系は、この国鉄特急色と・・・。

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(上の画像は、かなり荒くて申し訳ありませんが)1989(平成元)年に登場したスーパーくろしお仕様となったクハ381形500番台(上)と、パノラマグリーン車クロ380形(下)の2種類を見ることができました。

その381系も、2012年に新型車両287系 の導入により、こうのとりきのさきなど、かつて485系を改造した183系800番台もかつては担当していた特急列車用として、現在は全車が福知山電車区に転属しています。

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当時私は、グリーンマックスというNゲージ模型メーカーより発売の113系のキットを制作するため、このJR阪和線和泉砂川駅に赴いたのですが、この時4連の103系(クモハ103+モハ102+サハ103+クハ103(500番台)という編成の日根野電車区(当時)所属の「J編成」。ちなみに6連は「K編成」と呼ばれていた)も撮影していました。

この編成の特徴として挙げられるのが・・・。

(1)クモハ103の乗降扉のガラス押さえが金属支持となっていた。

(2)現在は大きな優先座席のステッカーが側窓に貼り付けされているが、当時は旧国鉄時代と同じ、シルバーシートだった。

一見して分かる範囲では、以上の2点となるでしょう。

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当時の和泉砂川駅の和歌山方面ホームから和歌山側にある踏切を望んだのが、こちらです。

現在もこの辺りの光景は、あまり変わっていません。(完)

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2014年3月30日 (日)

シリーズ「過去の撮影記録から」(19) 1年前に訪問した「えいでん」(5)

こちらの記事の続きになります。

このあと、「見学会が終わりましたよ」という旨(むね)をこのツアーの途中で、叡山電鉄出町柳駅でお逢いしたなかっちょさんに連絡したのでした。

「では、修学院駅で待ってます」とのお返事が。

私は修学院駅の近くで軽く昼食を済ませ、急いで修学院駅へ向かったのでした。

修学院駅に到着して、ホームへ上がると、何とサプライズが

この年の前年の9月に初めてお逢いした、kaz_ez6さんにもお逢いすることができたのです

この修学院駅から、出町柳柳行きの列車に乗車し、一乗寺駅で下車しました。

これには、深いわけがあるのです。

私が、お逢いしたお二人に
「流し撮りを習得したいです」とお願いしたのです。

その結果、一乗寺駅から散歩も兼ねて、3人で歩くことになりました。

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一乗寺駅の踏切付近です。
ちょうど、デオ900形「きらら」と、「ひだまりスケッチ」のラッピング電車(デオ700形)が並びました。

さて、ここから出町柳に向かって、線路沿いを歩きました。
ちょうど、一乗寺公園の辺りでしょうか。
広々とした場所がありました。

ここで、流し撮りのコツやポイントなどをお二人から教えていただき、私が初体験となる流し撮りをすることになりました。

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まずは、出町柳へ向かう「きらら」で流し撮りを初体験。
ご覧のような感じでした・・・。

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デオ800形「こもれび号」でもトライしてみました。

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デオ700形がやってきました。
この写真を見ると、車両前面にピントがあっているような・・・(?)。

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この場合ですと、車両中央にピントがあっていて、何か「躍動感」を感じてしまいました・・・。

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続いて失敗作も紹介します。
「ひだまりスケッチ」電車が向かってきました。

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このような感じとなってしまいました・・・

このあと、お二人と元田中駅の北にあるカーブまで移動しました。

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まず、デオ810形(813+814)の2連、続いて何度も登場している(笑)「ひだまりスケッチ」電車です。

ちなみにkaz_ez6さんは、この日の模様をすでに記事にされていらっしゃいます。
こちらの記事をご覧下さいませ。

私を含む3人は、元田中駅から出町柳行きに乗車し、kaz_ez6さんは「別の場所へ出向くので・・・」とおっしゃっていたので、出町柳駅でお別れをしました。

さて私ですが、帰路のツアー列車(京阪旧3000系特急車使用)が三条駅から発車するまで少し時間があったので、出町柳駅構内を時間の許す限り、撮りまくったのでした。

まずは、すっかり気に入ってしまった(?)「ひだまりスケッチ」電車から紹介します。

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発車するまで、目を離しませんでした・・・(^^ゞ。

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出町柳駅の駅名票です。

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駅構内にひっそりとたたずむ、デオ900形「きらら」です。

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今度は、別のデオ700形が到着しました。

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実車をよく観察すると、京阪などにはないものがいろいろと目に飛び込んできました。

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このあと、「きらら」が発車して行きました。

こうして、この日の「えいでん」訪問は終了しました。
私は「ツアー列車」に乗るため、出町柳駅をあとにしました。

なかっちょさん、kaz_ez6さん、この日はお疲れ様でした。本当にありがとうございました。(完)

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2014年3月27日 (木)

シリーズ「過去の撮影記録から」(19) 1年前に訪問した「えいでん」(4)

こちらの記事の続きになります。

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修学院車庫の検修庫内です。

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反対側はご覧のようになっています。

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車庫の見学会の様子です。

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再び、検修庫内です。
車両の塗装作業を公開していました。

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これは何だったのか・・・。

忘れてしまいました・・・

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今回のツアーで乗車した、貸切列車(デオ800形 802+852)です。

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ではここで、852号車の前面の車番を見てみましょう。
なんと、「ビス止め」になっていました

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ここからは、車庫に展示してあった車両を見て行きましょう。
デオ700形723号車は、当時放送していたテレビアニメ「ひだまりスケッチ」のラッピングをまとっていました(最初に紹介した2両のうちのもう1両です)。

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デオ700形721号車が、「臨時」という表示に、運転席窓に「桜ヶ丘高校前という標が付いていました。

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デオ700形722号車は、なんと「休車」)の札が・・・。
あくまでも、これは「展示」でして、実際のことではないので、ご安心下さい

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デオ700形731号車の検修庫の反対側は、なんと親会社の京阪の「びわこ連絡」のHMが掲出されていました・・・
車両の帯と、相性が良かったと思います

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最後に紹介するのは、電動貨車のデト1000形です。

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台車がものすごくレトロです。

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反対側にまわってみると、かつての京都市電のような系統板を付けていました。

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その標識板には「22号系統」、下の文字は広告「塩昆布 かじの」と表記されていました。

このあとは各自、自由行動となりました。
私ですが、「あのお二人」に久しぶりにお逢いすることができたのです。(つづく)

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2014年3月18日 (火)

シリーズ「過去の撮影記録から」(19) 1年前に訪問した「えいでん」(3)

こちらの記事の続きになります。

八瀬比叡山口を出発した私たちを乗せた列車は、今度は修学院駅のそばにある、修学院車庫を見学することに。

まずは、洗車体験。

私にとって、「初めての洗車体験」だったので、とてもワクワクしていました。

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このあと見ることができる、電車たちが見えてきました。

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おっ、こんな電車も

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いよいよ洗車機の中へ・・・。

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この時、自分のテンションは、かなり上がっていました

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えっ!?「梅ヶ丘高校前」

洗車体験は、あっという間に終わってしまいました。

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さぁ、いよいよ、電車から降りて、車庫の見学です。
移動する時に、画像右上に見えるものを発見。
京阪の「成田山不動尊」のお守りと同じ類(たぐい)のものでしょうか・・・?

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運賃標には「貸切」の文字が・・・。

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それでは、車庫見学の一コマを紹介します。

左に見える電車は、「詩(うた)の電車(Vol.2 「結晶」)」(詳細は、リンクを貼らせていただいているなかっちょさんのブログのこちらの記事をご覧ください)、そのとなりの右の電車は検査が終わり、これから塗装を行いデオ800系(801+851)です。(つづく)

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2014年3月15日 (土)

シリーズ「過去の撮影記録から」(20)20年前に訪問した、JR阪和線和泉砂川駅付近などにて(1)

JR西日本などJR各社は、今日(15日)にダイヤ改正を行います。

先日、自宅の部屋を片付けていると・・・。
私が今から20年前に、JR阪和線和泉砂川駅に出向いた時の写真が出てきました。

その中に、2012年3月31日と4月1日に「さよなら運転」を実施した、阪和線快速色の113系の写真を見つけたのでした。

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きっかけは上の画像のように、当時グリーンマックスという鉄道模型メーカーより販売されていた、「エコノミーキット「JR113・115系量産型」」という商品を購入し、「このキットで、阪和線快速色の113系の編成をリアルに作りたい」という目的があり、当時の阪和線沿線であまりひとけのない場所を探した結果、今から20年前の1994年2月(の建国記念の日?)に、前述したJR阪和線和泉砂川駅まで出向いたのでした。

この時は、キャノンのフィルム式一眼レフカメラ(EOSシリーズ)を持っていました。

今回は、その時に撮影したものの中から、113系をピックアップして紹介させていただきます(ほとんどの写真がトリミング処理していることをあらかじめご了承ください)。

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まずは、模型を制作するモデルとなった車両から紹介します。
和歌山寄りの先頭車が、クハ111-5564は、当時の日根野電車区(現・吹田総合車両所 日根野支所・近ヒネ)に在籍していた113系(4連)の「G410編成」(クハ111-5256+モハ113・112-5334+クハ111‐5564)のうちの1両でした。

当時の編成表の本を見てみると、113系は4連が17編成(計68両)存在していました。

さて、「113系5000番台」についてですが、簡単に説明すると・・・。

1992年から各線の快速・新快速がスピードアップするのに伴い、当時のすべての113系に対し、運転の障害にならないように最高速度を100km/hから110km/hへ引き上げる工事が行われた。(ウィキペディアより引用)

ということで、現番号に「5000」をプラスさせたものとなります。

2012年の阪和線快速色の「さよなら運転」の後、同車は天王寺寄りの先頭車(クハ111-5256)とともに、現在は下関総合車両所 広島支所(広ヒロ)に異動し、元の番号に戻り、湘南色をまとって、山陽本線などを走っています。

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ちなみに、G410編成の中間車(モハ113とモハ112のユニット。車番は2両とも5334)には、上の画像にように行先表示幕が取り付けられていましたが、前述のクハは、いわゆるHゴムのみの「準備工事」のままの状態でした。

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こちらは車番は分かりませんが、同じタイプのクハ(ユニット窓装備の新製冷房車)です。

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この編成はG402編成で、4両すべてが非ユニット窓、グローブ型ベンチレーター装備の初期車で構成されています。

一番奥に見える、クハ113-5332の乗降扉の窓は、Hゴムではなく、金具押さえで、外見からはシンプルに見えます。

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同編成の天王寺寄りの先頭車(クハ113-5093)と中間車(モハ113-5084)の連結部分です。

ここで、クハにご注目ください。
当時はまだ、関空開業前(開業は1994年9月)で、関西空港線もまだ工事中で、現在の「関空・紀州路快速」の主力車両である223系もまだデビュー(1994年4月デビュー)しておらず、当時の快速列車はもっぱらこの113系を使用していました。

また、トイレの窓(白くて小型の正方形の窓)の上の部分が開いていました。

当時はまだ、このトイレを使用していたようです。
ちなみに、この頃から日根野電車区の他の113系では「カセット式汚物浄化装置」というものを装備したクハも在籍していました。

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手持ちの写真を見ると、どうやらある程度撮影後、和泉砂川駅に移動したようです。

この日はお天気も良く、順光や逆光などを考慮していたのかもしれません。

当時の快速列車は、この113系を上の画像のように2編成を併結し(4両+4両)、8両編成で紀勢本線(きのくに線)の串本(現在アドベンチャーワールドのある白浜駅のさらに向こう(路線の総延長は、384、2km。JR西日本管轄では、204㎞(新宮-和歌山市駅間))まで、運転されていました。

Img005

最後に見ていただきたいのが、この画像です。

手持ちの編成表で調べた結果、G403編成(クハ111-5135+モハ113・112‐5116+クハ111-5332)であることが分かりました。

当時はまだ、今のように転落防止のためのホロもありませんでした。
また、奥に見えるクハ113‐5135では、1988年より冷房化を推進すべく、インバータークーラー(WAU102形。メーカーは2社で、それぞれ形状が異なる)による、冷房改造がなされていました。

*************************************************************

今回は、113系に焦点を絞りましたが、手持ちの写真には特急「くろしお」用の381系や、103系も写していました。

これらは、後日紹介したいと考えております。(つづく)

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