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交通科学博物館

2016年9月 3日 (土)

シリーズ「52年間ありがとう 交通科学博物館」(8)

こちらの記事の続きになります。

この日はデジイチを持参していたので、展示車両の構図を変えてみました。


Dsc_2401_2139dsc_2401

まずはこちら。
この車両は、旧国鉄の「元祖特急形」である、151系特急形のカットモデルです。

これはいわゆる「定番構図」だと思われますがcoldsweats01・・・。

Dsc_2403_2141dsc_2403


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こちらは、「大阪環状線50年」の記念HMを掲出した、旧国鉄初の通勤型の高性能車両である、101系電車のカットモデルです。

この電車では、パンタグラフの上げ下げや扉の開閉操作を来場者が実演できました。
(わたしは、子供の時から必ずこれで遊んでいました(^^ゞ)

この2両ですが、残念ながら「京都鉄道博物館(京都てっぱく)」には移設されず、同館の開館から閉館まで展示されていました。

さて、この構図ですが、下からの角度で撮影してみました。
個人的には下の画像が迫力あると思いますが、いかがでしょうか・・・?



Dsc_2402_2140dsc_2402

こちらは、1800形蒸気機関車。
新年を祝う、装飾が施されています。

この車両は、京都てっぱくに移設されました。


Dsc_2408_2146dsc_2408

こちらは、当ブログには何度かアップしている、0系新幹線です。ここに展示されていた4両の0系は、京都てっぱくに移設されました。

その右側には・・・。


Dsc_2407_2145dsc_2407

実際に使用されていた、反転フラップ式案内表示器です。

わたしが子供のころは、実際に操作体験ができたのですが(おもしろかったです)、その後(いつかは覚えていませんが・・・)はこの画像のとおり、表示が固定されました。


Dsc_2412_2150dsc_2412


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続いてはこちら。

0系新幹線で使用されていた部品です。


Dsc_2416_2154dsc_2416


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こちらは、名古屋駅で使用されていた新幹線用の発車票です。

このような機械があるとは、わたしも知りませんでしたcoldsweats02
(つづく)

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2016年3月17日 (木)

シリーズ「52年間ありがとう 交通科学博物館」(7)

こちらの記事の続きになります。

Dsc_2380_2119dsc_2380
このあと、「プラットホームプラザ」と呼ばれる展示スペースを撮影しました。
2両のSLと1両のディーゼル特急車両が並んでいます。
2両のSLの間にそびえ立っているのは、腕木式(うでぎしき)信号機と呼ばれる、現在の自動信号機に代わる前に使用された、手動の信号機です。
この信号機は、現在では非常に貴重な存在となっています。

Dsc_2374_2113dsc_2374
最初は特急「はつかり」に使用された、キハ81形です。
晩年は、画像のように特急「くろしお」に使用されました。

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「こうはく50周年」のHMを掲出したSL、C62形26号機です。

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そのとなりが、「デゴイチ」の愛称でおなじみのD51形2号機です。
(6)で紹介した、食堂車ナシ20形は、このSLの後ろに展示されています。

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Dsc_2701_2423dsc_2701

ナシ20形の後ろには、「鉄道記念物」に認定されたSL、230形が展示されています。
「プラットホームプラザ」には、ほかにも展示物がありますが、それはのちほど。

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「プラットホームプラザ」のななめ向かいには、こちらも「鉄道記念物」で、国内最古のSL、7100形「義経号」が展示されています。

この「義経号」は、京都の「梅小路蒸気機関車館」の最後の訪問(2015年5月)の際に見ることができました。

Dsc_2384_2123dsc_2384
その「義経号」が展示されている背後には、1階が企画展示室、2階がホールとなっている建物があります。

自分ですが、2階のホールには入った記憶がないですcoldsweats01

Dsc_2381_2120dsc_2381
この建物の階段からは、こんな感じの見晴らしです。
ちなみに、奥には大阪市交中央線が横方向に走っています。(つづく)

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2016年2月25日 (木)

シリーズ「52年間ありがとう 交通科学博物館」(6)

大阪市港区にあった鉄道博物館「交通科学博物館」(愛称:こうはく。以下、同館)は、2014年4月6日に、閉館しました。

最後に書いた記事から、かなり間があいてしまいました。
あらためて、続きを書かせていただきます。


**************************************

こちらの記事の続きになります。

この日は、2013年の1月5日。
きっかけは前夜にわたしの弟からかかってきた1本の電話。

弟いわく「甥っ子を連れて、電車を使ってどこかへ出かけてみたい」とのことで、「こうはくならどうか?」と返事したところ、okとのことだったので、弟ファミリーと来館する運びとなりました。

Dsc_2315_2087dsc_2315

この時はまだ、甥っ子も小さかったのと、普段は車を運転する弟夫婦が久々の電車trainやバスbusを利用したので、移動に少し時間がかかり、到着したのが11時半ごろでした。

ちなみに、この日は「特急百年~時代とともに駆ける~」という企画展があったので、自分にとってもグッドタイミングgoodでした。

到着がお昼前だったので、来館手続きを済ませたあと、昼食をとることにしました。

Dsc_2316_2088dsc_2316

それが、こちら。
かつて「走るホテル」と呼ばれていた、20系客車の食堂車「ナシ20形」でした。

同館が開館していた頃は、この車両を使って、食事ができたのです。

Dsc_2348_2097dsc_2348

あまり、記憶にないのですがcoldsweats01、HDDに保存している画像から、ここで食事をしたようです。

このあと、わたしと弟ファミリーは別行動に。

わたしは、購入して間もないデジイチを持参して、同車の外観の写真も何枚か撮影しました。

Dsc_2320_2092dsc_2320

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外観もやや痛みがちですが、適度に補修がされているようです。

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「南シナ」という文字が見えますが、調べたところ、最終配置の車両基地(品川客車区)だということが分かりました。

Dsc_2323_2095dsc_2323

反対側の表記です。
「7-11 鷹取工」という表記が見えますが、調べたところ、「7月11日 鷹取工」という意味のようです・・・。
自分では、そこまでしか分かりませんでした・・・think。(つづく)

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2014年5月30日 (金)

シリーズ「52年間ありがとう 交通科学博物館」(5)

こちらの記事の続きになります。

「コウハク家の歴史」の特別展を見たあと、私の記憶の限りでは、小学生の時分に母と弟の3人で行った時に見た、鉄道ジオラマショーを見に行きました。

今回は11時30分からの部(ショーの時間は、およそ15分)を見に行きました。

この日も、数多くの子供たちが見受けられました。

「子供の頃、自分もあんな感じだったんだなぁ~」と、ひしひしそう感じたのでした。

11時30分になり、ジオラマ内の操作場所にいる同館の職員の方のアナウンスが聞こえ、いよいよショーのスタートですsign03
(自分が子供の時は、この職員さんの声はどこから聞こえていたのか、ず~っと、気になっていました)

さて、アナウンスで「虹の駅」や「星の駅」、そして「山の駅」というのが出てきますが、こういった設定は、私が子供の時にはありませんでした。

さて、写したものは・・・。

多少、御見苦しいところがある点をご了承下さい。

Img_0818

上に見える線路に新幹線(N700系?)が通過してゆき、その下に見えるコンテナ基地では、貨物列車が基地を出ていくシーンです。
(この段階で、開始から5分ほど経過しました)

Img_0821

ジオラマの奥の方は、このような感じでした。

Img_0822

夕方という時間設定となり、照明はピンクががっています。
その段階で、285系「サンライズ瀬戸・出雲」が走り抜けます。

Img_0824

そして、時は経ち、夜になりました。
辺りは真っ暗になりましたが、高層ビルの照明はついています。

Img_0825

これは、上と同じ時間帯なのですが、カメラの露出設定を変えていたのかもしれません・・・(記憶にないです・・・(T_T))。

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「おはようございます。朝になりました」とアナウンスが入り、夜が明けました。

300系(上)と500系(下)新幹線が、ジオラマを駆け抜けますhappy01

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2系列の新幹線がすれ違います。

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このあと、EF66牽引の、今はもう見ることができないブルートレインが走り抜けて行きます。

Img_0835

そのあとにこの地域では、大阪環状線でなじみのある、オレンジ色の103系(アナウンスでは「いちまるさん系」と言っていた)がやってきました。

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画質が少し荒っぽいですが、目の前を走り抜けて行くのは、381系による、パノラマ編成「くろしお」(現在は廃止)です。

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続いて、500系新幹線の下に見えるのは、JR京都・神戸線(JR西のアーバンネットワークにおける愛称。それぞれ、東海道・山陽線に該当)を走る223系です。

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再び夕暮れ時となり、N700系が走って行きます。

Img_0845
カメラを虹の駅がある、高層ビルが立ち並ぶ場所へ向けてみました。
一番右端の円筒形のビルは、きっとJR大阪駅の近くにある大阪マルビルを意識したものでしょう・・・。

Img_0846

再び夜更けとなり、500系新幹線が走り去って行きました。

およそ15分間の鉄道ジオラマショーは、これで終了です。

ショーの見物と、撮影の同時進行は、とても疲れたという記憶がありますsad

ご参考までに、このジオラマショーで使用されている車両の模型の大きさ(縮尺)は、1/80スケール(HOゲージ)です。(つづく)

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2014年5月27日 (火)

シリーズ「52年間ありがとう 交通科学博物館」(4)

こちらの記事 の続きになります。

今回は後編をお送りします。

このあと、私が見たのがこちらでした。

Img_0801

昭和30~40年代頃の鉄道のある街並みと題したジオラマです。

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駅を出発したのは、キハ58系の列車でしょうか・・・。

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のどかな雰囲気ですねぇ・・・confident

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次に見にいったのが、こちら。

当時の国鉄が、国内初の寝台特急電車として世に送り出した、581系電車の模型と、それにまつわる資料の展示です。

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こちらは、国鉄初のコンテナ特急列車「たから」号です。
緩急車(上の画像の手前の車両でHMが掲出されている)と、コンテナがいかにも当時の国鉄らしい発想だと思いました。

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続いて見に行ったのが、コウハク商店と名乗る、いわゆる「駄菓子屋さん」です。

少し、立ち寄って(笑)みましょう。

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たばこを販売しているカウンターやピンクの電話機telephone、お店の中の雰囲気を再現していまいた。

私が子供の頃にも駄菓子屋さんはありましたが、こんなにレトロではなかったです・・・。

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続いてこの夕焼け通りという、アーケードが目に入りました。

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オリエンタル座という看板が目立つshine、当時の文化についての展示がされていました。

これで、特別展「コウハク家の歴史」はお終いです。(つづく)

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2014年5月24日 (土)

シリーズ「52年間ありがとう 交通科学博物館」(3)

こちらの記事の続きなります。

続いて見に行ったのが、こちらでした。

Img_0779

「コウハク家の歴史」(「コウハク」とは、交通科学博物館(この博物館の略語。「紅白歌合戦」とは無関係ですangry)と題して、「昭和のレトロな生活用品」などを展示する、交通科学博物館(以下、同館)の開館50周年を記念した企画展でした。

今回は、その前編です。

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ちなみに「コウハク家」は、このような家族設定となっていました。
では、順番に見ていきましょう。

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レトロなホーロー看板の横には、昭和30年代前半に登場したダイハツの車が展示されていました。

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昭和35年製の三菱のスクーター(今でいう、小型のバイクですね)も展示されていました。

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当時の軽自動車(スバル)です。
丸っこい車体は、モノコック構造を採用したものだそうです。

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当時の民家(?)の塀(へい)はブロック塀ではなく、このような感じだったのですね。

現役最古参のテレビアニメ「サザエさん」などにも度々出てきますね。

そして、左側に見えるのが当時の郵便ポストなのです。
この丸い形のポストは、地域によっては現存しているものも見受けられます。

ちなみに私の地元にも、このポストはあります(現在は新築住宅の完成により、少し(数メートル)離れた場所に移設されました)。

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昭和30年代に数多く存在した民家の一部屋が再現されていました。
当時の雰囲気が何となくイメージできますね。

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昭和31年製の二眼レフカメラcoldsweats02と、昭和40年代のカメラcameraなどの展示です。

私が高校生の時分に今は亡き母が「これ、使っていいよ」って言って、使わせてもらったカメラが、右側のものと似たようなカメラでした・・・。

そして、いよいよ・・・eye

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昭和37(1962)年に「交通科学館(現在の同館)がオープンして話題となり、コウハク家が日曜日に遊びに行く」という設定のパネルですね。

私の子供の頃もそんな雰囲気でした・・・confident

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これらは、当時同館では展示されていなかった、当時画期的かつ斬新だった、鉄道車両です。

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昭和30年代の大阪駅前を再現したジオラマです。

現在のような地下鉄網がなかったころは、下のような大阪市電が、また奥には当時の車が紹介されています。

Img_0799

そのあと見たのが、昔テレビのCMでよく映っていた豪華客船さんふらわあです。

この「さんふらわあ」、こんな昔からあったのですね。
全然知らなかったです。(後編へ続く)

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2014年5月21日 (水)

シリーズ「52年間ありがとう 交通科学博物館」(2)

こちらの記事の続きになります。

ひかりレールスターの普通個室を見たあと、そのとなりに置いてあったのが・・・。

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1965(昭和40)年に使用されていた、乗車券印刷機というものです。

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そのあと見たのが、こちらです。

鉄道記念物に指定された、EF52形電気機関車の1号機です。

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このあと、後から見ることにしている鉄道ジオラマショーの開始前の様子を見に行きました。

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続いて、こんな企画を(当時)催していたので、見に行きました。

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ここで、ブルートレイン(以下、ブルトレ)を牽引する機関車に掲出されたHM(ヘッドマーク)を紹介します。

ブルトレの元祖として、登場当時はその豪華さから、走るホテルの称された「あさかぜ」

そのとなりの「あかつき」も今となっては「懐かしい」ですね・・・confident

Img_0739

さて、こちらですが・・・。

もともとは「富士」、「はやぶさ」と、それぞれ独立した列車だったのですが、合理化(運用の効率化)の関係で、晩年は「富士/はやぶさ」と、2つの列車を1つの列車に仕立てたのでした。

「はやぶさ」は、ご存じの通り、現在は東北新幹線E5系用列車の愛称として、親しまれていますね。

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このHMですが、現在隔日、大阪-札幌間で運転されている、超豪華臨時寝台列車トワイライト・エクスプレスです。

この列車も、現在建設が進んでいる北海道新幹線が開業すると同時に廃止(列車に使用されている車両の老朽化も関連している)される公算が見えてきている段階です。

※2014.5.28.追記:この「トワイライト・エクスプレス」ですが、車両の老朽化を理由に、今年度をもって引退との発表がありました。



ではここからは、ブルトレのテールマーク(客車の最後尾に掲出されているもの)と、ブルトレのパイオニアである、20系客車の模型を見ていきましょう。

Img_0731

こちらが、20系時代の「あさかぜ」のテールマークです。
最初は(電車特急もそうでしたが)、ご覧のように文字(ローマ字入り)のみでした。

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70年代後半~80年代前半に流行したブルトレブームshineによって、牽引する機関車が掲出するHMともに、このテールマークもイラスト(図案)化されていきました(模型の客車は、ナハネ20形寝台客車)。

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2012年3月のダイヤ改正で、臨時列車となった(2013年以降は、設定なし)日本海も、最初は20系客車でした。

模型のナシ20系客車は、この交通科学博物館に1両保存展示され、平日は弁当の販売、土休日はレストランとして活用されていました。

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一部は、寝台特急電車581系・583系も用いられていた「明星」、「彗星」、「なは」。
「つるぎ」という列車も、かつて存在していましたね。

この「つるぎ」は、来年(2015年)開業する北陸新幹線(金沢-長野間)の列車名のひとつに決まりました。

模型の20系客車も車内のインテリアなどが分かるようになっていました。

Img_0741

最後に20系の後継車となる、14系寝台客車スハネフ14形を紹介します。(つづく)

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2014年5月15日 (木)

シリーズ「52年間ありがとう 交通科学博物館」(1)

大阪市港区のJR(当時は国鉄)大阪環状線の弁天町駅の高架下に設けられ、今年(2014年)の4月6日に閉館した交通科学博物館

52年間の間、鉄道ファンをはじめ、多くの方々に
乗り物への楽しみを提供してくれた場所・・・。

私自身も、子供の頃から幾度と足を運んだ場所でもありました。

そんな交通科学博物館(以下、同館)のお話が中途半端な状態で、途切れていたので、感謝の意味も込めて、お話の続きをさせていただきます。


*****************************

2012年5月26日に同館へ来館した時の模様です。

こちらの記事の続きになります。

このあと、私が見に行ったのがこちらでした。

Img_0707

言うまでもありませんが、当時の国鉄が技術の粋(すい)を結集し、2020年の開催が昨年決定した東京オリンピックの開会直前の1964(昭和39)年の10月1日に開業した東海道新幹線

世界に「SHINKANSEN」としてその名が通用し、その技術力を評価された記念すべき最初の新幹線用車両「0系」。

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その0系の記念すべきトップナンバーの4両(21形、22形、35形、16形)が鉄道記念物として、展示されていました。
その解説のプレートが0系の左下にありました。

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その下には、社団法人日本機械学会より機械遺産認定証を、2007年8月7日に授与されたという内容のプレートも見受けられました。

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前述したプレートの右側には、「0キロメートル」のキロポスト(距離票)が線路の下に展示してありました。

Img_0714

全体的な構図は、ご覧のような感じです。

さて、画像右側に見えるのは・・・eye

Img_0705

いつ頃のものか、私は分かりませんが、当時の新幹線ホームで実際に使用されていたプラップ式(俗称:パタパタ式)の列車案内表示装置です。

余談になりますが、私が昨年2月に愛知県にあるリニア・鉄道館に来館した時にも、同じ類(たぐい)のものが展示されていました。

私はその時それを見て、そばにいた案内係の女性に「「今週の第○位」っていうのと、似ていますね」と言ったら、「ベストテン(黒柳徹子さんと久米宏さん(久米さんは、のちに他の方と交代)のお二人の進行で、1978年~1989年まで放送されていた、TBSの音楽番組)世代ですねhappy01というお話になった、今思うと面白い想い出話が脳裏に浮かびました(^^ゞ。

Img_0704

Img_0703

ではここで、展示されていた0系の車体の一部分を紹介します。

上は、博多寄り(下り向き)先頭車の21形。
下は、グリーン車の16形です。

画像のように16形は、乗降扉の周りが金色に縁どられ、グリーン車である証shineであったことをあらわしていました。

Img_0717

このあと見学したのがこちら。
JR西日本所有の700系ひかりレールスターの普通個室(コンパートメント)を再現したものです。

Img_0716

Img_0715

個室内の様子も写しておきました。
ちなみに私は、この列車に乗車したことはありません。(つづく)

*****************************

私の左手が、左腕の一部分のまひにより自由に動かなくなってから、1か月が経過しました。

整形外科の先生の診察や、リハビリに定期的に通っており、発症時より少しは動くようになりましたが、完治はしていません。

当面はやや不便な生活を強いられているのが、現状です・・・weep

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2013年11月25日 (月)

昨日は、交通科学博物館へ・・・。

昨日(24日)の午後、私は弁天町の交通科学博物館へ出かけました。

今回の見学は、あらかじめ以下の3つに限定しておきました。
(1)交通科学博物館さよなら企画展Part I 「収蔵品コレクション曝涼(ばくりょう)展」



(2)蔵出しHM展


(3)関大鉄道研究会写真展「よみがえる あの時代」



まずは(1)を見学しました。




Simg025






展示会場入口に、ご覧のようなパンフレットがありました。



同館のHPにも記載されていますが、「曝涼(ばくりょう)」とは・・・。
虫干しを兼ねて物品を点検するとともに、蔵の中身を公開する


一言で言えば「お蔵入りしていた物品の数々の公開」というわけです。


この(1)につきましては、後ほど、また(3)は関大のOBの方々の写真展でした。


いわゆる「定点対比」というテーマをもとに作品が展示されていました。


さて、今回はこの日までの企画展だった(2)を紹介します。




Img_3001

このような感じで、旧国鉄~JRのHMが展示されていました。




その中から、いくつかピックアップしてみました。




Img_3004




この2種類は、どちらもJRになってからのものですが、雑誌や本でも見た記憶がありませんでした・・・。



Img_3010




こちらは、旧国鉄時代の1984年に当時在籍していた、直流急行型電車、165系および167系に掲出されていたHMだそうです。




Img_3011




こちらはもっと古く、当時の山陽新幹線が博多まで開業した年の1975年にEF52形という電気機関車に掲出されたHMです。



ちなみにこのEF52形電気機関車は、同館に保存展示されています。



Img_3012




これはちょうど、旧国鉄が分割民営化(「JR」に変わる)された際に、213系という電車に掲出されたHMです。



この当時私は中学生に進学する頃で、新聞やテレビのニュースでくどいくらい「国鉄が分割民営化されます」というフレーズを聞いて、「?」と思った記憶がありますcoldsweats01




Img_3014



こちらは、旧国鉄時代の1985年に「伯備線電化三周年記念」と銘打って、EF64形という電気機関車が3重連(1、2、3号機)されて運転された際に掲出されたHMだそうです。



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この2点は「新着」という名義で展示されていました。



※おまけ画像





Img_3031




右側の「トワイライトエクスプレス」は、JR東日本の定期運用の夜行列車と同様、北海道新幹線の開業や、車両の老朽化により、先行きはあまり長くない列車となりました。



左側は少し懐かしいブルトレ「さくら/はやぶさ」のHMですね。



Img_3033




「はやぶさ」は今や東北新幹線のスーパースター「E5系」の列車名となり、「さくら」、そしてこの「みずほ」は、新大阪から九州新幹線の鹿児島中央へ運転される列車にその名が引き継がれました・・・。

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2013年8月 9日 (金)

シリーズ「過去の撮影記録から」(18)弁天町の交通科学博物館へ(2012.5.26)(3)

こちらの記事の続きになります。

次に見学したのは、こちらでした。



Img_0694



「新性能電車」101系です。

城東線
(現在の大阪環状線の東側部分)に1960(昭和35)年より導入され、翌年の大阪環状線全通時の1961(昭和36)年にはこの車両に統一されました。



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カットボディの内部は、同車のメカニズムが凝縮(ぎょうしゅく)されていました。




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同車の運転台です。

続いて、私が見学したのは・・・。




Img_0701



もともとはヨーロッパ(イギリスなど)のターミナル駅などで採用され、のちにご覧のように一時期は旧国鉄や私鉄の駅の案内表示として定着した、フラップ式(別名:パタパタ式)と呼ばれる案内表示器です。

このようなタイプもメンテナンスなどの関係上、現在でも残っているものはごくわずかとなりました。




Img_0702



こちらは、初期のタイプの自動改札機ですね。
ちなみにこの自動改札機が実用化されたのは、1967(昭和42)年に当時の京阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)千里線の北千里駅が定期券専用で導入されたのが最初と言われています。(つづく)
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京阪3000系「水の路」ラッピング電車

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