引退迫る京阪5000系(後編)
続きです。

まずは、2016(平成28)年8月28日に開催された5000系デビュー45周年イベントの一コマから。
この日は、5552編成が抜てきされました。
その時の様子は、当ブログの以下の記事をご覧ください。
「京阪5000系誕生45年記念」イベントに参加しました。(前編)
「京阪5000系誕生45年記念」イベントに参加しました。(後編)




同イベントで行われた、座席の昇降実演(訳ありで車外から・・・)。
これは日常目にする機会はほとんどありません。
ラッシュ用ドアの吊り手は跳ね上げ式となっています。

5000系最大の特徴と言えるラッシュ用ドア。このドアは他のドアと区別するため上半分が無塗装となっています。このため車両により地色が異なります。また、車両によってはドア窓のサイズや地色が混在しているものもあります。「ラッシュ用ドア」の表示は改修工事前はビス止め式のプレートでしたが、改修工事後はステッカーに交換されました。

5000系で初めて採用された、回転グリル。

イベントで発売された、レプリカシールです。
ちなみに去年12月に開催された5000系デビュー50周年イベントは都合が付かず、結局行けずじまいに終わりました・・・(T_T)。

ところ変わって寝屋川車両基地へ。
5000系で最初に廃車された5557編成。前編でもふれたように同編成の廃車は2016年6月でした。私がこれを見つけたのは同じ年の10月でした。なので、廃車となってから4か月後となります。
この時の様子は、当ブログ以下の記事をご覧ください。
京阪5000系5557Fの近況・・・。(2016年10月16日現在)
さて、ここで気になったのが5557号車に掲げられた「廃車札」。

拡大してみると・・・。こんなところにありました。そして同編成は翌2017年1月に解体されました。
なお、同編成のKW31形台車は叡電の700系に流用されました。

ここからは、私が過去に撮影した写真をご覧いただきます。まずはこちら。
2000年頃に撮影したもの。一番古い写真がこれになります。

当時のダイヤで急行運用に就いた5551編成。(2007年12月)

「ひらかた大菊人形 竜馬伝」のヘッドマーク。(2010年10月、寝屋川車両基地で開催されたイベントにて)

5000系デビュー40周年記念のヘッドマーク。(2010年12月)

京都・伏見を舞台とした漫画「いなり、こんこん、恋いろは。」とのコラボ企画で掲出されたヘッドマーク。(2014年3月)
2010年代では、このほかのヘッドマーク掲出もあったのですが、残念ながら撮影できず・・・。「デビュー50周年記念」ヘッドマークも何度か出向くチャンスがあったのですが、それもついに叶わず・・・。残念無念・・・。

ここからは「こんなのもあったのか」というものを。
萱島駅のクスノキをバックに。(2013年9月)

夜のホームにて。(2013年1月)

こんな場所にも行ってました。(2013年8月)

八幡市(現・石清水八幡宮)-淀間にて(2012年10月)
半世紀にわたり活躍してきた、京阪5000系。まさに「ラッシュ時の切り札」として、沿線利用者の一人である私も、大変お世話になった車両であります。日本の鉄道史に残る名車として、引退まで温かく見守っていきたいと思います。
(完)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。