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2015年4月18日 (土)

大津市歴史博物館で開催されていた「江若鉄道の思い出」を見てきました(2)

こちらの記事の続きになります。

会場に入ると、多くの方が来場されていました。

展示物は、ジオラマや当時の写真、沿線のスケッチや各種資料、沿線在住の方の思い出など、たくさん展示されていて、自分にとって、名前しか聞いたことがなくイメージのわかなかった江若鉄道が具現化されるような感覚にひたることができました。

それでは、撮影が可能だったジオラマを紹介してまいります。

Dsc_1803

高島町駅のジオラマです。

Dsc_1808

Dsc_1811

この駅は1927(昭和2)年に明治時代以来の町名である、「大溝」(おおみぞ)という駅名で開設され、1943(昭和18)年に高島町の成立によって、駅名が「高島町駅」に変更されました。

解説パネルには「このジオラマを作ったきっかけは、夏の水泳シーズンに活躍した客車が留置され・・・」という1枚の写真からとあります。

2面4線の構成のホーム、周辺の景観などを忠実に再現していると、わたしは思いました。

Dsc_1824

次に紹介するのは、浜大津駅です。

同駅は開通から4年後の1925(大正14)年に開設され、1928(昭和3)年には国鉄浜大津駅の土地を借り受けて移転し、本格的な営業を始めました。
開業に際し、当初の駅舎は取り壊され、新たに2階建ての駅舎が建てられました。

Dsc_1822

江若鉄道の駅舎周辺です。
紙製のバスも古めかしいですね。

Dsc_1825

同鉄道のホームは、このように立派な造りでした。
ちなみに、「ワリショー」の看板のある商工中金のビルのあたりが、当時の京阪石山坂本線ホームで、現在は京津線と統合された駅となっています。

Dsc_1819

手前の2両編成の電車は、京阪京津線。
奥の小型の電車は石山坂本線の電車です。

Dsc_1821

駅前にそびえる「ナショナル」(現・パナソニック)の広告塔、複雑な線路配置・・・。
同駅周辺の賑わっていた頃の様子がとても伝わってきました・・・confident

ちなみに、ナショナルの広告塔は、1961(昭和36)年の第二室戸(むろと)台風で、倒壊してしまったそうです・・・。

Dsc_1823

同駅のジオラマとは別に配置されていた線路。
吹き出しには「今も残っているもとの湖岸の石垣」と書いてありました。

このジオラマや展示物をひと通り見てから、わたしは会場を出ました。(つづく)

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コメント

手間かけてつくられたのですね。
ナショナル・・・日本をひっぱていく力強さを感じます!

キハ58さんへ

こんにちは。

いつも、コメントありがとうございます。

そうですね。

このジオラマを見ただけで、当時の情景が分かるというような感じでした。

おっしゃる通り、手間をかけてつくられたのだと思います。

ナショナルの広告塔ですが、当時、この広告塔は「浜大津駅の目印」だったそうです。

こんにちは、京阪快急3000さん

腰の調子はいかがですか
無理のないようご自愛ください。
また、新大阪駅のホーム辺りで、ご一緒に写真でも撮りたいですね。

みっかんさんへ

こんばんは。

コメント、ありがとうございます。

腰の方ですが、先週の診察で先生は「薬を飲みながら、コルセットは外す方向でいきましょう」とおっしゃっていました。

どうやら、快方に向かっているようです・・・。

回復したら、またご一緒したいです。
その時は、どうぞよろしくお願いいたします。

こんにちは~。モモパパです。
このジオラマ。
江若鉄道を再現してるんですね。
当時の写真を参考にして作られたのかな。
江若鉄道といえば昔日本車両製のディーゼルカーが走ってたとか本で読んだような覚えがあります。。
日本車両製のディーゼルカーといえば屋根の幕張が前方までズリ落ちたなかなか個性的な車両だったと聞きます。
名鉄の旧850形「なまず」も同じデザインでした。

モモのパパさんへ

こんばんは。

いつも、コメントありがとうございます。

はい。これらのジオラマは広島県にお住まいの西村雅幸さんが当時、江若鉄道の写真を数多く撮影され、近年、「こころの風景に今も残る江若鉄道の沿線」を模型で再現されたものですよ。

おっしゃっている、日本車両製のディーゼルカー(気動車)ですが、ネットで調べてみると「C9形」という形式で、1937(昭和12)年に製造されたものだということが分かりました。前面のデザインが、当時の京阪の「びわこ号」と同じ、流線型でした。

名鉄の旧850形の「なまず」、ありましたねぇ。

そういえば、よく似ていますね。

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