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2014年12月14日 (日)

シリーズ MY PHOTO 【18】リニア・鉄道館の展示車両(9) 0系(21形、16形、36形、37形)

今回は、4か月ぶりにこのシリーズです。

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言わずと知れた、”元祖新幹線”、0系です。

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同館には・・・。

21形(21-86)、36形(36-84。展示スペースの関係上、撮影はパス)、16形(16-2034)、37形(37-2523)

以上の4両が保存展示されています。

36形は食堂車、奥に並べて展示されている、16形はグリーン車、37形はビュッフェ車(正式な呼び名は「ビュフェ車」だそうです)となっています。

0系の博物館での保存車両は、ほかに鉄道博物館(さいたま市)や、今年(2014年)4月に閉館となった交通科学博物館(大阪市港区)など、全国各地で数多くみられるほか、イギリスの国立博物館などにも譲渡されています。

「0系」は、それだけ「我が国の車両技術に大きく貢献してくれた」と言っても、過言ではないでしょう。

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今回は今年が東海道新幹線開通50周年の意味合いも込めて、アップしました。

同館の展示車両はまだあるので、来年以降にアップしてゆきます。

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コメント

こんにちは~。モモパパです。
おおっ!
久しぶりに僕の地元「リニア鉄道館」シリーズですね。
0系新幹線。
僕、好きなんですよね。
あの朴訥としたデザインが。
デビュー当初は最先端のデザインだったのでしょうが。
今や新幹線車両といったら空気抵抗を減らす為鼻の長いものばかり。
それはそれでカッコイイのですが。

投稿: モモのパパ | 2014年12月15日 (月) 06:30

>京阪快急3000さんへ
0系、うぅ、うぅ、懐かしい(泣)。
小学6年生の時、新大阪ー岡山間の新幹線が開通しました!
鉄筋コンクリート3階校舎の窓から見えるんです!
友人と共に、真っ白な校舎の壁に新幹線の絵を絵の具で描いて、こっぴどく怒られました(笑)!当たり前ですが!
それ程、当時の子ども達の心をつかんで離さない0系でした!
岡山までの営業だったので、
まだ、山陽本線の急行、特急は健在でした!
それが、無くなるとは夢にも思いませんでした(泣)。
うぅ、残念!

投稿: 播州太郎 | 2014年12月15日 (月) 13:50

>京阪快急3000さんへ
すいません、バカな質問させて頂きます!
0系新幹線は所謂、このブログパーツの新幹線ですよね。
では、36形という「形」という字がついている場合、0系新幹線の36形は食堂車という理解でよろしいのでしょうか?
16形はグリーン車、37形はビュッフェ車という風に、
それでは、21形は普通車ですか?
素人のバカな質問ですいません。

投稿: 播州太郎 | 2014年12月15日 (月) 19:07

0系、愛らしいですよね。私も先月、行ってきたので、記事にする予定です。C62あたりから始まる展示がいいですね。

投稿: キハ58 | 2014年12月15日 (月) 23:07

モモのパパさんへ

おはようございます。

いつも、コメントありがとうございます。

「リニア・鉄道館」シリーズ、「再会」です(^^)。

0系のデザインは、開業前に複数のデザインの試作車をいくつか造り、「モデル線」という場所で比較検討され、あのデザインが採用されました。

おっしゃる通り、斬新なデザインでした。

0系ですが、今では新聞記事などでは「団子っ鼻」と書かれている通り、のちに登場した車両がスピードアップと空気抵抗の関係などから、「ロングノーズ」と呼ばれる、前面のデザインが「鼻先の長いもの」となりました。

投稿: 京阪快急3000 | 2014年12月16日 (火) 09:49

播州太郎さんへ

こんにちは。

いつも、コメントありがとうございます。

小6の時にそのような想い出があったのですね。

自分も図工の授業の工作で100系の2階建て車両がモデルでしたが(汗)、木工細工をやりましたよ。

さて、自分が生まれたのは、ちょうど博多まで開業した年でした。
岡山までということは、その3年前(1972(昭和47)年)ですね。

山陽本線を走る急行や特急は、自分は手持ちの本の写真でしか見たことがないですが、良い雰囲気がしますね。

ご質問の件ですが、おっしゃる通りでございます。
21形は、「普通車」です。

投稿: 京阪快急3000 | 2014年12月16日 (火) 10:07

キハ58さんへ

こんにちは。

いつも、コメントありがとうございます。

0系、やっぱりいいですよね。

キハ58さんも先月、行かれたのですね。

記事、楽しみにしています。

投稿: 京阪快急3000 | 2014年12月16日 (火) 10:10

今の新幹線とは全く違いますが、暖かい感じがして…素敵ですね!!

また。50年間事故なしてほんま素晴らしいですね!!
大切に保管していかなあきませんね。

日本の誇りですね!!

投稿: くるみ | 2014年12月16日 (火) 22:23

くるみさんへ

こんばんは。

いつも、コメントありがとうございます。

くわしくは分かりかねますが、「0系」は開業後、しばらくしてからの「呼び名」で、当時はそのまま「東海道新幹線」などと呼ばれていました。

おっしゃる通り、愛らしく、素敵な感じがしますね。

また、50年経っても「無事故」というのは、開業前に数々の走行試験などを行い、「すべての線路が高架」、「地上に信号設備はなく、「車内信号」による運転(「ATC」と呼びます)など、何事においても「安全第一」としたことが、その証と言えますね。

まさに「日本の誇り」ですね。

投稿: 京阪快急3000 | 2014年12月17日 (水) 17:52

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