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2012年7月 6日 (金)

回想「今年のJR西日本のダイヤ改正で・・・。」【1】「寝台急行きたぐに」(その2)

 (その1)の続きになります。



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 6時49分、定刻通り「急行きたぐに」(502M)(当時)は、大阪駅4番線ホームに到着しました。


 自分も含め、皆いっせいにカメラを向けていました。



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 言うまでもなく583系です。


 塗色は、JR西オリジナルのカラーになっていましたが、現物を拝見したのは、実はこれが初めてでした。


 以下の画像は、自分が「ここぞ」と思った「きたぐに」用583系をチェックしたものです。



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 JR西ブランドの連結器カバーです。



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 ヘッドマークや「特急マーク」も撮影しました。


 続いて車体側面です。



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 1号車(クハネ581)です。


 寝台用の小窓など、塗色変更はされているものの、原型を保っています。



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 車番もチェックしました。


 「クハネ581‐36」でした。


 帰宅してから手持ちの本で調べると、京都総合運転所(近キト)所属の「B06編成」(当時)であることが分かりました。



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 座席は降りた状態でした。



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 「きたぐに」のシンボルマークです。結構いいデザインですね。(^^)



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 続いて、モハネ582のパンタ周辺を撮影しました。


 交流区間に対応した碍子(がいし)が見えます。



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 高い天井が特徴のグリーン車、サロ581です。



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 国鉄時代の1984年にサハネ581を改造した 「A寝台車」、サロネ581です。


 JR化後は、このJR西のみの配置でした。



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 新潟方先頭車、クハネ581-35も撮影しました。


 10両編成だったので、ここまで行き着くのは、少し疲れました。


 「走行シーン」こそ撮影しなかったものの、自分では「満足のいく写真が撮れた」と思っています。


 実は自分は「きたぐに」の列車の「歴史」をほとんど知らなかったので、この場をお借りしてウィキペディアに掲載されていた「きたぐにの歴史の概要」を引用させていただきます。


 1947年に大阪駅 - 青森駅間で運転を再開した急行507・508列車が「きたぐに」のルーツである。この急行は1950年11月8日に「日本海」の列車名が与えられたが、1968年10月1日から運転を開始した大阪駅 - 青森駅間の寝台特急(ブルートレイン)に「日本海」の名称が使用されるようになったため、大阪駅 - 青森駅間の急行列車は「日本海」から「きたぐに」に改称された。



 1982年に上越新幹線が開業したことに伴い、昼行列車としての側面が大きかった新潟駅以北を特急「いなほ」として分離し、大阪駅 - 新潟駅間の夜行急行列車となった。



 愛称の「きたぐに」は北陸地方を指す北国(ほっこく)の訓読みとされている。583系電車のヘッドマークでは列車名と「佐渡おけさを踊る人と北陸地方の地図」が表示されている。


 ちなみに583系による列車となったのは1985年3月14日からで、それまでは、客車による列車でした。(完)


 ※おまけ画像



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 これは、帰路に乗車した223系の「関空/紀州路快速」を乗車前の大阪駅にて撮影したものですが、以前報道で「JR西では列車運転の安全性向上のため、連結部分の前照灯も点灯する」といった内容を思い出し、「それが「これ」なのか」と思いました。


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