« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »

2012年5月

2012年5月30日 (水)

阪堺沿線へお出かけ(2012.4.28)(その2)

 (その1)の続きになります。



 住吉鳥居前に到着した私は、少しばかりのりさんを探しました。



 それらしい人を見つけて、私は「こんにちは。初めまして」と軽く会釈をし、のりさんとご対面する事ができました。



 その後、しばし行きかう阪堺の車両を撮影する事になりました。



 私が撮影したものから、いくつかご紹介します。



 

画像




 阪堺の「広告車」の中で最も両数の多い「岡崎屋質店」とはちがう質屋さんの「米田屋質店」の広告車、モ351形モ351号です。

 

 結構派手だと思いました。



画像




 こちらが「阪堺電気軌道」として南海から独立する前の南海大阪軌道線時代の「金太郎塗り」を復元させた2両のうちの1両、モ501形モ505号です。

 

 こちらは「福助電車」となっています。

 

 私が前回(2月12日(日))に訪問した際は、この2両が並ぶシーンが我孫子道で撮影できました。



画像




 こちらがその写真です。

 

 この後、先程の「米田屋質店」よりもっと奇抜な広告車が姿を見せました。



画像




 「DAINICHI J&Z」というパチンコ店の広告車、モ701形モ706号です。

 

 ちなみに背景の建物は、昔ながらのものから比較的新しいものまで点在し、電車とうまく溶け込んでいるようにも見えました。

 

 この後、私達は沿線の花壇のある妙国寺前まで移動しました。

 

 少し歩いて、ちょうど椿の花だったかと思いますが、それらが咲いている場所で撮影しました。



画像




 「アドベンチャーワールド」の広告車、モ701形モ710号です。



画像




 モ701形モ707号です。この位置だと、何の広告か分かりませんね。(^^ゞ



画像




 「天王寺都ホテル」の広告車、モ701形モ704号です。



画像




 カメラの望遠機能を使用して、後追いで撮影してみました。

 

 こちらに向かってくる電車が見えるのがお分かりでしょうか?



画像




 モ601形603号の浜寺駅前行きが到着しました。

 

 この車両に乗車して、今度は浜寺公園のある、終点の浜寺駅前に向かいました。



画像




 「阪堺線全線開通100周年記念乗車券」の広告を見つけました。

 

 「限定100部」のものには「完売しました。ありがとうございました」と手書きされていました。

 

 ちなみに私は、「限定1000部」の方を、天王寺駅前で購入しておきました。



画像




 浜寺駅前に到着しました。

 

 この広告はのりさんいわく「沿線の葬儀屋さん」のものだとの事でした。



画像




 浜寺駅前の駅舎です。



画像




 浜寺公園に到着しました。

 

 私が「浜寺公園に保存されている阪堺の電車が見たいです」という要望で少し歩き、浜寺公園内にある「浜寺交通遊園」まで移動しました。

 

 この時点で正午を廻っていました。



画像




 ご覧のパネルの通り、有名な蒸気機関車(SL)の「デゴイチ」こと「D51」の496号機が保存展示されていました。



画像




 これがその「D51 496号機」です。

 

 その奥に緑色の電車らしきものが見えるのがお分かりでしょうか?



画像




 パネルの解説の通り、かつて活躍していたモ121形モ130号が2001(平成13)年3月より展示されています。

 

 実は私が見たかったのは、こちらでした。



画像





画像




 両方向で行先表示(「えびす町」、「浜寺駅前」)が異なっていました。



画像





画像





画像




 これは後でのりさんにお伺いして分かったことなのですが、このモ130号は搬入当初の塗装は「水色の雲電車」でした。

 

 その後、車体の痛みが激しくなり、昨年の春に佐野工科高校の学生さん達の手により、現在の「旧南海軌道線色」にお色直しされたとの事でした。

 

 ちなみにこのモ130号は、車内にも入る事ができました。



画像





画像





画像




 車内は、廃車当時のままの状態で保存されていました。



画像




 このモ130号が、引退した当時(2000(平成12)年)の運賃はご覧の通りでした。



画像




 鯉のぼりとモ130号とが、うまく撮れた1枚です。

 

 ちなみに画像に写っている信号機は実際に使用されていた「本物」でした。(つづく)

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月28日 (月)

阪堺沿線へお出かけ(2012.4.28)(その1)

 今回は、去る4月28日(土)にいつも当ブログにコメントを下さるのりさんと初めてご一緒させていただいた、阪堺電気軌道(以下、阪堺電車)の撮影の模様を中心にリポートします。

 いきなり余談ですが、今日(28日)で、あの日からもう1か月が経過しました。

 前回訪問した時(2012年2月12日(日))は、私は阪堺線の恵美須町電停(以下、「電停」は省略)から乗車したので、今回は上町線の天王寺駅前から乗車する事にしました。

 ちなみに待ち合わせ場所は、住吉大社がある住吉鳥居前でした。

 京阪線天満橋‐大阪市交谷町線天王寺と乗り継いで、いよいよ約2か月ぶりの阪堺電車とご対面です。

画像



画像



画像



 この階段を昇れば、阪堺上町線の天王寺駅前です。

画像



 乗り場に到着です。

 今時、この種の案内表示は珍しいのではないかと思いました。

 ここで、阪堺の1日乗車券「てくてくきっぷ」を購入しました。

画像



 発車待ちをしていたのは、モ601形603号の住吉公園行きでした。

 まずは、この車両に乗車することにしました。

画像



 天王寺駅前を出たところです。

 最後部が空いていたので、そこの座席に座り、撮影したものです。

 次の電停、阿倍野へ向かう途中、「福助電車」とすれ違いました。これに乗車する事にし、阿倍野で下車しました。

画像



画像



 阿倍野界隈です。

 画像右側に見える建設中の建物が「あべのハルカス」です。

 この建物が完成すると、この周辺も大きく変化していくことでしょう。

画像



 この車両は、のりさんが「あめ電」と呼んでいる、「黄金糖」の広告電車(モ601形602号)です。

 その向こう側には、すでにこれから乗車する「福助電車」が見えているのがお分かりでしょうか?

画像



 そして到着した、かつての「東京都電」のカラーにまとった福助電車(モ501形502号)に乗車します。

 「浜寺駅前行き」だったので、このまま住吉鳥居前まで乗車します。

 前回の訪問で見つける事ができなかった、「福助人形」ですが、後日のりさんより助言を賜り、見つける事ができました。(^^)

画像



 これがその「福助人形」です。その下には解説も添えられていました。

 ここからは車内の様子を紹介します。

画像



 この502号はご覧の通り、1957(昭和32)年に帝国車輌(当時)に製造されました。

 登場当時は「新型車両」として、かなり注目を集めていたそうです。

画像



画像



 車内設備も、今となっては「レトロなもの」だと思います。

画像



 冷房装置のダクトには、福助のイラストがご覧のように散りばめられていました。

 さて、道中では「古豪」であるモ161形2両とすれ違いました。

 そして、住吉鳥居前に到着です。

画像



 「阪堺線開業100周年」をお祝いしたHMが掲出してあったので、撮影しました。

 昨年デビューした阪堺のマスコットキャラクター「ちん電くん」の隣にあるかわいらしいキャラクター(名前は不明)が並んでいました。

 この後、のりさんとご対面となります。(つづく)

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月26日 (土)

今日の日記【72】今日は久しぶりに鉄分補給。

 皆様、こんばんは。

 先週末は家庭の用事などで、撮影などはあまり行いませんでした。

 今日(26日)は、まず「京阪13000系のDVD」を購入するため、最寄り駅に出向きました。

画像



 これがそのDVDです。

 このDVDを購入した後、以前から撮影したかった京阪のノンストップ特急「洛楽」のHMなどを撮影するため、淀屋橋駅に向かいました。

 ここで、その時の一部始終をリポートします。

画像



 淀屋橋駅10:06分発の列車(1本目)を撮影するため、約40分前に到着しておきました。

画像



 列車が到着しました。

画像



画像



 種別表示が白っぽくカブってしまいました。(^^ゞ

画像



 この側面表示を撮影直後に発車時刻となりました。

画像



 出町柳に向けて、発車して行きました。

 この「洛楽」を撮影後、次は弁天町にある「交通科学博物館」の企画展(後述)などを見学したかったため、大阪市交御堂筋線-中央線経由で、弁天町に向かうのでした。

画像



 これは弁天町駅で撮影したものですが、乗車したのは近鉄のけいはんな線用車両、7020系でした。

画像



 交通科学博物館に到着しました。

 ここに来たのは、約4年ぶりでした。

画像



 この交通科学博物館は、今年の1月21日(土)で、開館50周年を迎えました。ちなみに1月21日は、私の誕生日でもあります。

 明日(27日)まで開催している企画展示、「コウハク家の歴史」に関心を持っていたため、この企画展示など、4年ぶりに私なりの「交通科学博物館めぐり」を堪能しました。

 帰路は、JR(大阪環状線)に乗車しました。

 大和路快速の221系に乗車しました。

画像



 この車両は、本当に「最近のJR西の新型車両に負けないくらい、古さを感じさせない傑作車両」だと思います。(京橋にて)

 ちなみに、今日で京阪がダイヤ改正を行って、まる1年が経ちました。

 何度か乗車していくうちに、自然とダイヤを覚えられるようになりました。

 それから、2600系2601Fの京都寄り2両が塗色変更され、2本目の「混色編成」ができたのを目撃しました。

 というわけで、まあ自分なりには楽しめた1日でした。(^^)

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月25日 (金)

今年のGWの思い出「初めての高野山観光」(2012.5.5)(その7)

 (その6)の続きになります。



 私達を乗せたなんば行きの急行が発車しました。



 私は、車内の乗降扉の上にあった、路線図を見ながらしばらく考えていました。



 「このままなんばまで行くか、途中で各停に乗り換えて、中百舌鳥まで行くか・・・?」



 それは、Sさんに自分の趣味のために、迷惑を掛けたくないと思ったからでした。



 Sさんに改めて訊いてみると、「心配してもらわんでも、大丈夫やで」とのお返事が・・・。



 それを聞いた私は、車内放送を聞いて「今度停まる駅で(各停に)乗り換えて、中百舌鳥で地下鉄に乗り換えましょう」と言いました。



 そして私達は金剛駅で、乗車していた急行から降車するのでした。



 近くにあった発車時刻表を見ると、なんば行きの各停(南海本線および他社で「普通」と呼んでいる列車も、ここでは説明を割愛しますが、「各停」と呼んでいます)の発車時刻が16時18分とありました。



 実を言いますと、南海高野線全線に乗車したのが、今回が初めてだからです。



 私は、京阪以外の私鉄やJRに初めて乗車する路線で、よく乗車する列車を間違えて、下車する駅を通過していまうというミスをする「あわてん坊な鉄ちゃん」だという事をこの場を借りて、告白します。(恥)



 さて、極楽橋方面に列車が到着したので、撮影しました。



 

画像





画像




 6200系による、河内長野行きの各停でした。

 

 そして、私達がこれから乗車する各停は・・・。



画像




 1番線に停車していました。こちらも6200系でした。

 

 私達は急いで移動して、乗車したのでした。

 

 この列車で、中百舌鳥まで乗車しました。



画像




 車内の様子です。ご覧のように空いていました。



画像




 製造銘盤を見ると・・・。

 

 「昭和52年 東急車輛(で製造)」 「南海車両工業 2011年更新」とありました。

 

 ちなみに6200系は、1974(昭和49)年が製造初年です。南海の車両では比較的新しい車両ですね。

 

 程なくして中百舌鳥駅に到着です。



画像





画像




 側面の方向幕と車番を撮影しておきました。

 

 これで、南海高野線は「完乗」した事となります。



画像




 ここからは「鉄ちゃん」である私の腕の見せ所です。(笑)

 

 最近、何かと話題が多い大阪市交の御堂筋線なかもず駅(大阪市交では、我孫子(あびこ)と同様、ひらがなで表記)への階段が見えてきました。



画像





画像




 VVVF化改造が施工された、10A系1124Fが発車待ちをしていました。

 

 実を言いますと、私は19年前の1993年の秋頃、所用でこのなかもず駅まで乗車した記憶があります。

 

 しかし、それでは「記憶」のみなので、今回の撮影をもって、昨年新型車両である御堂筋線用30000系で千里中央駅まで乗車したので、御堂筋線も完乗したことになりました。

 

 発車してから、「このまま淀屋橋まで乗るか、天王寺で谷町線に乗り換えるか」をSさんに尋ねてみたら「どっちでもいいよ」とのお返事でした。

 

 ここで、乗車中に撮影したものをいくつか紹介します。



画像




 この1124Fは、1988(昭和63)年に近畿車輌で製造されました。

 

 その3年後(1991年)に、御堂筋線用新20系(21系)が登場しました。

 

 ご覧のように、この日は祝日(こどもの日)だったので、国旗が掲揚されています。



画像




 乗務員室側には、LED式の案内表示器が設置されています。

 

 天王寺駅に到着し、ここで谷町線に乗り換え、京阪の乗換駅である天満橋駅まで乗車することにしました。



画像




 乗り換え通路の途中で、このような光景が撮影できました。

 

 ちょうど、天王寺止りの列車が到着するところを狙ってみました。



画像




 一方こちらは、往路で撮影した淀屋橋駅のなかもず寄りのホームの階段から撮影したものです。

 

 天王寺駅や淀屋橋駅の照明は、見事な造りだと思いました。

 

 余談ですが、谷町線の天王寺駅までの乗り換え通路は、けっこう距離があり、少し疲れました。



画像




 この写真は谷町線の天満橋駅にて撮影したものです。

 

 ご覧の22系22658Fは、中央線から転属した編成のひとつです。

 

 同時期に当時、谷町線に在籍していた20系(30番台)は、中央線に転属しました。

 

 京阪の天満橋まで到着したのが、17時30分頃でした。

 

 結局、途中で乗り換えることなく最寄り駅に戻る事ができる、急行に乗車しました。



画像




 この写真を撮影した17時50分にようやく最寄り駅に到着したのでした。

 

 この後階段を下り、改札を出てから「お疲れ様でした」とSさんに言ってから解散となりました。

 

 この日は特に大きなトラブルも無く、世界遺産「高野山」を堪能できた事がとても強く印象に残りました。(完)

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月23日 (水)

今年のGWの思い出「初めての高野山観光」(2012.5.5)(その6)

 (その5)の続きとなります。



 やや遅れて到着した高野山駅行きのバスに乗車し、どうにか14時40分発のケーブルカーに間に合いました。



 実はバスを待っている間、私はSさんに帰路の経路をどうするか、相談したのでした。



 「(自分に)まかせるわ」というお返事が返ってきたので、私は「南海(高野線)の橋本駅まで「天空4号」の自由席車両に乗って、橋本駅で急行に乗り換えて、さらに中百舌鳥(なかもず)駅で地下鉄に乗り換えて、京阪に乗り換えませんか?」・・・これは、私が往路で考えていた経路とほぼ同じでした。



 「南海の(なんば)まで・・・。」という経路も考えたのですが、「18時頃までに空いてる電車で帰れたらいいわ」と思い、南海高野線内の以下に紹介する帰路の行程は「ややこしい経路だったかも・・・」と自分の「趣味本位で考えた経路」だったと、つくづく思っている次第です・・・。(汗)



 

画像




 さて、高野山駅14時40分発のケーブルカーですが、ご覧のような混雑ぶりで、私達は「ようやく乗れた」といった具合で、発車間際には積み残しの乗客も出るほどでした。

 

 しかし「「天空」をもう一度撮影したい!!」という私の「鉄の魂」(笑)が頭の中をよぎっていたのを今でも覚えています。



画像




 「欲張り」な私は、大勢の乗客が去った後、発車直前にケーブルカーの車体を撮影するという、一般の観光客から見たら「こいつ、何してんだ?」と思われているような錯覚に陥りました。(笑)

 

 まあ、南海の職員様には注意を受けてはいませんので、ご安心下さい。(汗)

 

 そして、高野線の極楽橋駅まで移動し、どうにか14時58分発の「天空4号」の発車までに間に合ったのでした。

 

 ここで、わずかな時間を利用して、「撮影タイム」です。(笑)



画像




 31000系の「特急こうや」が発車待ちをしていました。

 

 「特急こうや号の特急券は完売しました」という、構内アナウンスが聞こえました。

 

 続いて念願だった南海ご自慢の観光列車「天空」の撮影です。

 

 あいにく予約はしていなかったので、「車体の撮影」のみですが・・・。(^^ゞ



画像





画像





画像





画像





画像




 この「天空」は、元は「角ズームカー」とも呼ばれていた22001系を1994年に「2200系」として、更新改造した車両で、この「天空」用の編成(2208‐2258)のみ、展望席の設置などの大改装を受け、外観も一新したのです。

 

 ちなみにこの「天空」の車内は、すでに満席でした。

 

 そして、私達はなんば寄りに連結されている自由席車両(2300系、2304-2354)に乗車し、クロスシートに座れました。

 

 14時58分、私達が乗車した列車は「天空4号」として発車し、極楽橋を後にしました。

 

 列車が「天空」だったからでしょうか?スピードはゆっくりでした。

 

 途中、「高野山の観光はいかがでしたでしょうか?」という車内放送が流れていました。

 

 同じような放送が、ケーブルカーでもありました。

 

 しばらくすると、どこの駅かは忘れていまいましたが、こんなワンシーンが撮影できました。



画像




 「見事なコンビネーション」だと思いました。



画像




 極楽橋行きの普通列車(車両は、2300系ほか)との交換でした。



画像




 この高野山をPRする立派な看板(と言ってもいいのでしょうか・・・?)も見受けられました。

 

 極楽橋駅を出発しておよそ50分で、橋本駅に到着です。

 

 ここで、なんば方面の急行に乗り換えます。

 

 その急行が到着する前に、撮影しておきました。



画像




 この車両が、私達が乗車した「天空」と併結されていた「自由席」の車両、2300系です。

 

 この2300系は高野線橋本-極楽橋間においてワンマン運転を行うため、2005年に2連×4本、製造された17m級2扉の軽量ステンレス車です。

 

 VVVFインバータ制御で、扉間の座席は2+1列の転換式クロスシートが配置された、なかなか豪華な車両です。



画像




 すでにお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、各編成には「さくら」、「はなみずき」など、花の名前が付けられています。

 

 この2304‐2354の編成は、「コスモス」でした。

 

 ちなみに、高野線の橋本-極楽橋間は「こうや花鉄道」という愛称が付けられています。

 

 しばらくすると、なんば行きの急行が到着しました。



画像




 高野線では、14両しか配置されていない(2011年4月現在)、1000系でしかも「ミナピタ」のラッピング編成(1002F)でした。



 さて、このなんば行きの急行に乗車して、このあとどうなるのか・・・。

 

 続きは次回をご覧ください。(つづく)

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月20日 (日)

今年のGWの思い出「初めての高野山観光」(2012.5.5)(その5)

 (その4)の続きになります。



 高野山駅へ到着した私達は正午前だったので、私の提案で「まず、お昼を取ってからおみやげを買って、それから観光しましょう」とSさんに言うと「そうしようか」というお返事でした。



 まずは、高野山駅前から出ている「南海りんかんバス」(以下、バス)に乗車して、昼食を取るお店とおみやげ屋さんの近くにあるバス停まで移動することにしました。



 昼食を済ませた頃には正午を回っていました。



 この後、私達はおみやげ屋さんでおみやげを購入し、いよいよ観光に出かけました。



 「2時40分(高野山発)のケーブルカーに間に合うようにしましょう」



 という案にSさんも賛成してくれて、私達はまず南海が発行している観光ガイドから「金剛峰寺」を見に行く事にするため、到着したバスに乗車しました。



 ところが私のミスで、高野山駅へ向かうバスに乗車していまい、途中で気が付いたので良かったのですが、すぐそのバスから降りて、改めて金剛峰寺の近くまで行くバスに乗り換えました。



 ここでロスタイムが発生したのが、今思うと悔やまれます。



 バスを降りた私達は、私はコンデジ、Sさんは携帯のカメラで思い思いに撮影を始めました。



 以下の2枚の写真は、私が撮影したものです。



 

画像

 



 

画像

 



 この後、私達は金剛峰寺へ向かいました。



 

画像

 



 この画像の奥にある場所で流れている水で手を洗い清め(この部分をどう表現したら良いか分からなかったので、こういう文章になってしまいました。ご了承下さいませ)、金剛峰寺を参拝しました。



 

画像

 



 参道にはご覧のように、観光客が大勢見受けられました。



 

画像

 



 この門を抜けると、金剛峰寺が見えてまいります。



 

画像

 



 こちらが金剛峰寺です。



 この金剛峰寺は「高野山真言宗の総本山で、全国3600に及ぶ末寺の宗務を司っている」との事です。



 

画像

 



 金剛峰寺から出たところ(だったと思います)です。



 次に私達が訪問したのが、檀上伽藍(だんじょうからん。以下、現地)と呼ばれている場所です。



 この場所に、かの有名な根本大塔や金堂など、由緒ある建造物が集まっているのです。



 現地まではバスでも移動できましたが、徒歩でも十分移動できる事が分かったので、徒歩で向かうことにしました。



 

画像

 



 途中、「平成の大修理」と、まるであの「姫路城」を連想してしまった、常喜院という建造物を見つけました。



 「姫路城も、あの工事が完了したら、ぜひ見に行きたい・・・」と思いました。



 さて、金剛峰寺から歩いておよそ9分ほどで、現地に到着しました。



 「出来れば拝観も・・・」と考えていたのですが、時間の関係で結局、現地の主な建造物の外観の撮影だけに終わりました。



 それでは、私のカメラで撮影した建造物を簡単に紹介してまいります。



 

画像

 



 1843(天保14)年の大火で消失しましたが、1984(昭和59)年に再建された東塔です。



 

画像

 



 

画像

 



 こちらは、愛染堂です。



 説明板の通り、海外からの観光客の人たちにも分かるように、英語による標記も併記されていました。



 続いて、愛染堂の左隣にある「高野山のシンボル」と表現しても過言ではないくらい有名な建造物、根本大塔を撮影しました。



 

画像

 



 現在の建物は1923(昭和12)年に再建されたもので、高さは48、5mあります。



 パンプレットなどで見た写真に比べて、あまりの大きさに圧倒されました。



 ちなみにこの画像は、横向きですが、後で「カメラを縦向きにして撮れば良かった・・・」と後悔している次第です。(涙)



 

画像

 



 この金堂は、819(弘仁10)年に弘法大師が創建されましたが、幾度も消失し、現在のものは1932(昭和7)年に再建された7代目になります。



 

画像

 



 弘法大師が住んでいらっしゃったというお堂、御影堂です。



 現在のものは、1847(弘化4)年に紀州徳川公により再建されたものです。



 

画像

 



 伽藍の北西の大きな杉の木に囲まれるように建っている、高さ27mの多宝塔、西塔です。



 

画像

 



 ちょうど工事中だった、中門です。



 高野山開創1200年記念事業として、再建作業が進められています。



 中門は1843(天保14)年に7代目が消失しました。この工事が完了すると、172年ぶりの再建となります。



 

画像

 



 国宝に指定されている不動堂です。



 1197(建久8)年、行勝上人の建立という言い伝えがあります。



 

画像

 



 鐘楼(しょうろう)もありました。



 

画像

 



 「高野山の草創」という説明板もありました。



 

画像

 



 「高野山開創1200年」のイメージキャラクター、「こうやくん」です。



 僧侶の姿をした、かわいいキャラクターだと思いました。



 これらの建造物の解説は、南海電鉄が発行している観光パンフレットを参考にさせていただきました。



 本当は、女人堂や徳川家霊台も見学する予定でしたが、時間が無かったので、今回はあきらめました。



 これらを見学した後、私達は14時40分発のケーブルカーに間に合うように、バスを待っていました。



 やや遅れてバスが到着し、私達は帰路に就くのでした。(つづく)



 ※補足:ここで、今回訪問した高野山や最近では、平泉や小笠原諸島も登録された「世界遺産」について、南海電鉄発行の高野山観光ガイドのパンフレットより、引用させていただきます。



 遺跡や文化的価値の高い建造物、貴重な自然環境を保護・保全し、人類にとってかけがえのない共通の財産を後世に継承していくことを目的に、ユネスコの世界遺産条約に基づく世界遺産リストに記載されている物件のことをいいます。

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月19日 (土)

今年のGWの思い出「初めての高野山観光」(2012.5.5)(その4)

 (その3)の続きになります。



 

画像




 南海高野線の終点、極楽橋駅に到着しました。

 

 ここからケーブルカーに乗り換え、高野山駅を目指します。

 

 本当ならすぐケーブルカーに乗り換えないといけないのですが、「鉄ちゃん」である私は、同伴しているSさんを待たせておいて、極楽橋駅に停車している車両を撮影するのでした。(^^ゞ



画像




 2200系を2009年に観光列車に大改装した「天空」が停車していました。



画像




 向かって左側が私が乗車した30000系で、右側は30000系の増備車という位置づけで、1999年に製造された31000系という車両です。

 

 これらを撮影した後、ケーブルカー乗り場へ移動するのでした。



画像





画像




 ケーブルカー乗り場への通路です。



画像




 ケーブルカー乗り場へ到着しました。

 

 ご覧のように溢れんばかりの観光客で賑わっていました。 



画像




 私達もどうにか乗車でき、車窓を少しだけ撮影しました。



画像




 極楽橋の乗り場から、およそ5分程で到着しました。



画像





画像




 「ようこそ世界遺産へ・・・」・・・。ついにここまでやってきたのでした。

 

 それにしても、GW中だけに観光客も結構多かったです。



画像




 ケーブルカーの山上側を撮影しておきました。

 

 このケーブルカーは、1964年に製造された3代目の車両です。



画像




 出口でも大勢の観光客で、職員さんも忙しそうでした。



画像




 これが、高野山の駅舎です。国の有形文化財に登録されている、由緒ある駅舎です。

 

 「野」の文字が一部破損しているのが、気になりましたが、とうとうここまでやって来ました。(^O^)/

 

 ここから「世界文化遺産・高野山」への観光の幕開けです。(つづく)

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月17日 (木)

今年のGWの思い出「初めての高野山観光」(2012.5.5)(その3)

 (その2)の続きになります。



 なんば駅へ出てしばらくすると、「ラピート(β(ベータ))」と並走していました。



 

画像




 この洗練されたデザインは、製造から18年経った現在でも、十分に通用しますね。(^^)



画像




 連結面です。転落防止幌(外幌)が見えました。



画像




 一方こちらは、「こうや」の車内の様子です。

 

 ご覧のようにゆったりとくつろげました。



画像




 この「こうや」は、途中、新今宮、天下茶屋、堺東、金剛、河内長野、林間田園都市に停車し、JR和歌山線との乗換駅である、橋本に到着します。

 

 ご覧のように「高野山開創1200年」のPRの横断幕が見えました。

 

 それから、車内放送のJR線の列車の発車時刻を耳にして「JR和歌山線って、ローカル線だな・・・」と思ってしまいました。



画像




 さて、ここから「高野山」までの玄関口となる極楽橋駅までは、ノンストップです。

 

 ただし、山岳路線で一部区間に50パーミルの急こう配もあるため、列車のスピードは今までより遅くなります。

 

 ただこの日流れていた車内放送で、「当列車は、臨時列車運転のため、極楽橋への到着は、11時23分となります」との事でした。

 

 また「世界遺産・高野山」についてのお話も流れていました。

 

 内容は・・・。ほとんど忘れました。(汗)

 

 ここからの画像は、車窓の風景になります。



画像




 紀ノ川橋梁を渡ったところです。



画像




 こんな山間(やまあい)にも、民家がいくつか建っていました。

 

 また、「撮り鉄さん」らしき人も数人見受けられました。



画像




 学文路(かむろ)駅を通過します。

 

 この駅の近くには学問の神様「菅原道真公(すがわらのみちざねこう)」を祀(まつ)っている「学文路天満宮」があります。

 

 また、同駅の入場券は、特に受験生に人気があります。

 

 これは、私自信が思った事ですが、この駅名は「難読駅」のひとつに数えてもおかしくないと思いました。



画像




 九度山(くどやま)駅付近の風景です。

 

 この九度山は、「関ヶ原の戦い」で敗れた真田昌幸・幸村(ゆきむら)親子が隠棲(いんせい)した地として知られています。

 

 またこの日、この九度山で「真田祭」という伝統のある行事が行われていたとの事です。

 

 



画像





画像




 高野下駅を過ぎると、本格的な山岳路線に入ります。

 

 風光明媚(ふうこうめいび)な山間を、途中トンネルの中やカーブ区間(半径100mのものもあり)、そして最大50パーミルの急こう配の中をを列車はひた走ります。



画像





画像





画像





画像




 上古沢(かみこさわ)駅を通過します。

 

 なんば行きの列車とすれ違い(単線のため、列車交換)ます。



画像





画像





画像





画像




 撮影するタイミングが悪く、同じような画像ばかりで申し訳ありません(汗)。



画像




 紀伊細川(きいほそかわ)、紀伊神谷(きいかみや)を通過し、いよいよ南海高野線の終点、極楽橋に到着です。(つづく)

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月15日 (火)

今年のGWの思い出「初めての高野山観光」(2012.5.5)(その2)

 (その1)の続きになります。



 私達が乗車する「特急こうや・りんかん」と、いよいよご対面です。(^O^)/



 友人のSさんは、私の撮影を観察していました。



 

画像




 こちらは、なんば寄りに連結されている、11000系という「りんかん専用」の、高野線用の特急用車両では、唯一の20m級車両です。

 

 画像右側に見える、青年は何をしているのでしょうか・・・?



画像




 この11000系は1992年に製造され、2000年より開始された高野線特急の8連運転に際し、30000系や増備車である31000系との併結運転が行えるよう、電気連結器の取り付けが行われ、塗色も現在のものに変更されました。

 

 ちなみにこの日の構内放送では「後部4両は橋本駅までの運転です」との事でした。

 

 「後部4両」とは、この11000系の事ですね。



画像





画像




 「鉄ちゃん」は、こういうところもチェックします。(笑)

 

 11000系と30000系の併結部分を撮影しました。

 

 ここからは、30000系の画像になります。



画像




 私達は運が良かったのでしょうか・・・?この1号車の進行方向右側の座席を確保できました。

 

 構内放送で「特急こうやの特急券は完売しました」とアナウンスが聞こえ、「昨日(特急券を)購入しておいて良かった」と、一安心した次第です。



画像





画像




 続いて初めて自分の目で見た、先頭部の画像を紹介します。



画像




 手持ちの文献によると、同車は2000年に更新改造され、電気連結器の取り付けや、座席の交換などが行われたとの事です。



画像




 こちらが現在の愛称表示です。

 

 1983年の新製時は、かなりシンプルなものでした。



画像




 同社のシンボルマーク(現在の社章)も撮影しました。

 

 この後、発車時刻が迫っていたので、車内に入りました。



画像




 昨年登場した、12000系「サザン・プレミアム」の姿が見えました。

 

 いよいよ発車です。



画像




 ガラス越しに2分後に発車する、快速急行を撮影しました。(つづく)

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月13日 (日)

今日の日記【70】阪急電鉄の鉄道イベントへ・・・。

 今日(13日)は、阪急電鉄の鉄道イベント「阪急春のレールフェスティバル2012」に出向いてまいりました。



 同イベントは、今回で3度目の参加となります。



 今回は、概要を簡単にお伝えします。



 

画像




 9000系の最新編成(9007×8R)が撮影できました。



画像




 入場の際、受け取ったパンフレットのほか、このマルチプルタイタンパー(略称:マルタイ)の塗装が変わったとの事だったので、撮影しました。



画像




 同イベントの人気企画のひとつ、「P-6」ことデイ100形と900形の保存車両2両による、動態運転のワンシーンです。

 

 私は会場への到着がやや遅かったので、今回は900形のほうに、10時5分からの乗車となりました。

 

 それまで時間が少し時間があったので、会場内の「クイズラリー」などで、時間をつぶしました。



画像




 その間に見たもののひとつがこちらです。

 

 昨年、映画「阪急電車・・・」で、映画のロケにも使用された3058Fなどの解体部品の入札するとの事で、それらが展示されていました。

 

 「良識のある阪急ファンが買い取ってくれたら・・・」と思いながら、眺めていました。



画像




 昨年の春から公開された600形602号ですが、昨秋からは、車内も公開されていました。

 

 私も見学しましたが、ご覧のように大人気でした。






 今回は、特に小さなお子様を連れた親子連れが多かったように思いました。

 

 ですので、会場内の移動の際には、細心の注意を払いました。



画像




 帰路で乗車した車両が、現在の阪急の最古参である2300系に乗車できたのは、個人的には嬉しかったです。



画像




 こちらは、グッズ販売で購入した際のサービスでしょうか?「京とれいん」のクリアファイルが入っていました。



画像




 一方こちらは、同イベントの今回の「クイズラリー」の景品のバッグです。

 

 色は全部で3色ありましたが、私はこれを選びました。

 

 今回は晴天にも恵まれ、楽しいひと時を過ごせました。

 

 最後になりましたが、同イベントの関係者の皆様には、感謝する次第です。

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月12日 (土)

今日の日記【69】「咲くやこの花館」へ行ってきました。

 皆様、こんばんは。

 最近、私は何だか疲れ気味で、更新が滞っているのをご了承下さいませ。

 さて、今日(12日)は、午後から今から22年前に「花の万博」が開催された、花博記念公園鶴見緑地の中にある「咲くやこの花館」へ行ってまいりました。

 今回は、撮影した写真を数枚紹介します。

画像



 記憶では15年ぶりの乗車となる、大阪市交長堀鶴見緑地線の一コマです。

 いつの間にか、「ホームドア」が設置されていました。

画像



 鶴見緑地駅の駅舎です。

 鶴見緑地に行ったのは、「花の万博」が開催された、1990年以来だと記憶しております。

画像



 「咲くやこの花館」の建物の外観です。

画像



 ここで撮影した写真を、いくつかピックアップしてみましょう。

 「カワラナデシコ」という花が何と、あの「なでしこジャパン」にあやかった花となっていました。

画像



 展望塔(いのちの塔)をバックに撮影した、1枚です。

画像



 館内には、こんな素敵な場所もありました。

 思わず「お茶を一杯・・・」と考えていまいました。(笑)

画像



 「キソウテンガイ」(奇想天外)と名乗る植物もありました。

 これらのほか、バナナなどの果物の木や、「みごろの花」と題して、その時期に見合った花など、いろいろなものを見る事が出来て楽しかったです。

画像



 実は今回は「スルッとKANSAI 3dayチケット」が、あと1回分利用できたので、帰路はまだ乗車した事が無かった、大阪市交今里筋線に、蒲生四丁目-関目成育間の区間だけですが、乗車することとしました。

 今回紹介するのは、ホームドアのみですが、車両も撮影したので、後日ご覧いただきます。

画像



 その「3dayチケット」を提示した景品として、ご覧のミニハンドタオルを受け取る事ができました。

 最後になりましたが、「咲くやこの花館」のアテンダントの皆様には、大変お世話になりました。

 この場をお借りして、お礼を申し上げます。

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月 9日 (水)

今年のGWの思い出「初めての高野山観光」(2012.5.5)(その1)

 今回は5日(土・祝)に友人のSさんと高野山へ出かけた時の模様をお伝えします。

 当日、8時50分に最寄り駅でSさんと待ち合わせをした後「早めの列車に乗った方が、(南海の)難波駅に早く着いて、戸惑わないかと思います」との私の案で、予定より早い列車(8時55分発の準急淀屋橋行き)に守口市駅まで乗車しました。

 車両は3000系3001Fでした。

 移動中の車内で、Sさんに同車両が「鉄道友の会のローレル賞やグッドデザイン賞を受賞した事」や寝屋川車庫の事など、自分が持ち合わせている「鉄のはなし」をSさんにお話ししていました。

 Sさんは私の話に耳を傾けていました。

画像



 後続の急行淀屋橋行きに乗り換えるため、守口市駅で下車し、撮影しました。

 「こんな感じで撮影しているんですよ」と、私がいつもしている事(撮影)をSさんに伝えました。

 Sさんは「そうなんだ」と、おっしゃっていました。

 「(この後の急行に乗っても)十分間に合いますよ」

 この後その「急行」が到着し、撮影しました。

画像



 現存の2200系の中では「異端車」になる2270が連結されている、2221Fです。

 この列車に乗車し、淀屋橋まで向かいました。

 Sさんには「この車両は、(現在の)京阪電車の中では古い車両になるんですよ」と、簡単に説明しておきました。

 淀屋橋駅の2番線ホームに、この列車は到着しました。

 「この列車は折り返し回送電車になります」とのアナウンスが聞こえた後、私たちは大阪市交御堂筋線に乗り換えるため、移動しました。

 実は、当初の予定では「御堂筋線でなかもずまで行って、そこから南海高野線に乗り換える」という経路で決めていたのですが、調べてみると高野山に到着するのに4時間程度かかってしまうことが判明し、「なんばから「特急こうや」に乗れば2時間程で行ける」事が分かったので、前日南海のなんば駅に「こうや」の空席状況を確認したところ「まだあります」との事で、「(特急券は)どこで購入できますか?」と訊いたところ「お近くの旅行代理店で購入できますよ」とのお返事が返ってきて、最寄り駅にある旅行代理店へ赴き、私は2人分の特急券を購入したのでした。

 というわけで、私達は御堂筋線のなんば駅から、南海の「なんば」駅まで移動しました。

画像



 南海なんば駅の「大階段」です。何か旅情を掻き立てるものを感じた次第です。

 実は、南海のなんば駅から乗車するのは、今回が初めてなのです。

 ちなみに南海のなんば駅は、2001年に「第2回近畿の駅百選」に選ばれています。

 3階にあるホームへ上がりました。

画像



画像



 現在でも高い人気を誇る50000系「ラピート」です。

 やはり、この車両はカッコいいですね。

 この50000系は、1995年に鉄道友の会の「ブルーリボン賞」を受賞した「優れもの」の車両です。

画像



 南海本線のホームです。

 初めて見た9000系と、1000系の列車が到着したところです。

画像



 9000系に掲出されているHMです。

 今年の4月1日に開業した新駅、「和歌山大学前(ふじと台)駅」の開業をPRしたもののようです。

画像



 続いて高野線ホームへ移動しました。

 この車両は、大阪府都市開発・泉北高速鉄道線の5000系という車両です。

 偶然にも「銀河鉄道999」でおなじみの松本零士氏がデザインを手がけた、「府立大型児童館(ビッグバン)」の開館を記念したラッピング電車でした。

画像



 私達が乗車する「特急こうや・りんかん」は、10時発車です。

 一昔前の主流だったフラップ式(パタパタ式?)の列車案内表示を見る事ができました。

画像



 その隣のホームには、10時2分に発車する2000系の快速急行が発車待ちをしていました。

画像



 なんば駅の駅名標です。

 南海本線は青色、高野線は緑色と色分けされています。ナンバリング標記もありました。

画像



 前述の大阪府都市開発のラッピング電車がなんば駅を後にするシーンです。

 阪急の梅田駅もすごいですが、噂に聞いていた南海のなんば駅も「立派なターミナル駅」だと思いました。

 次回はすでに発車待ちをしている「特急こうや・りんかん」の車両を紹介します。(つづく)

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月 8日 (火)

撮影日記(2012.4.1)(その2)「この日の阪急電車」

 (その1)の続きになります。



 2人は嵐電の四条大宮駅まで行くために、阪急京都線の大宮駅まで乗車するため、河原町駅へ赴きました。



 

画像




 阪急の行楽シーズンに運転される臨時列車である、河原町-嵐山間の快速特急「さがの」が到着しました。



画像




 この2号線ホームは、「京とれいん」も停車するホームでもあります。

  

 この写真は、前述の臨時列車が到着する前に撮影したものです。

 

 「新聞原稿」というポストのようなものが一緒に写っていますが、どういった目的で使用されるのかは、忘れてしまいました。(汗)



画像




 車両は8300系でした。



画像




 HMを拡大してみました。

 

 阪急が春と秋の行楽シーズンにHMを掲出して運転される臨時列車はこの「さがの」(梅田からの列車もあり)、大阪市交堺筋線からの「ほづ」、宝塚(今津線経由)からの「とげつ」、高速神戸線高速神戸(阪急における呼称。正式には「神戸高速鉄道東西線」)からの「あたご」などがあります。このほか、土休日に1日4往復運転される、かつての特急用車両を6300系を改装した「京とれいん」があります。



画像




 3300系の準急が到着しました。

 

 この列車で大宮駅まで乗車しました。



画像




 ここからは、帰路における写真を紹介します。

 

 この時は西院(さいいん)駅から乗車しました。

 

 この写真はその手前の交差点で撮影したものです。



画像




 これが阪急西院駅の駅舎です。

 

 同駅についての詳細は、以前書いた記事、嵐電「桜のトンネル」訪問&撮影日記(2012.4.15)(番外編)で紹介しております。



画像




 いきなりですが(汗)、乗車した時の写真を数枚紹介します。

 

 なぜか、この「ローリーファン」が目に入ると撮影してしまう、変わった私でした。(笑)



画像




 この車両には、LED式の案内表示器も装備されていました。



画像




 まもなく河原町駅へ到着します。

 

 さて、乗車したその車両とは・・・。



画像




 5300系でした。

 

 この車両が停車しているのが、河原町駅の3号線ホームです。



画像





画像




 向かい側の1号線ホームには、「さくら」のHMを掲出した9300系の特急を撮影できました。(つづく)

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月 5日 (土)

今日の日記【68】今日は友人と高野山へ・・・。

 皆様、こんばんは。



 今日(5日)、私は年上の友人Sさんと2人で、世界遺産にも登録されている高野山に出かけてきました。



 

画像

 



 往路は、前日に南海電鉄や旅行会社に問い合わせて、私が購入しておいた「こうや号の特急乗車券」を購入しておいて、初めて「特急こうや号」に乗車しました(画像はなんば駅で撮影)。



 

画像

 



 そういえば、今日は「こどもの日」。車窓からこのような光景も見る事ができました。



 この日は、晴天でGW中なのか、高野山(以下、現地)は多くの観光客で溢れかえっていました。



 現地における画像を1枚だけ紹介します。



 

画像

 



 特にこの「根本大塔(こんぽんだいとう)」の大きさには圧倒されました。



 

画像

 



 帰路で撮影した南海の観光列車「天空」です。



 予約はしていなかったので、乗車できませんでしたが、撮影はしました。



 帰宅したのは、雷が鳴り始めた18時過ぎでした。



 最後になりましたが、Sさんには自分の「趣味」のためにあちこち振り回してしまいましたが、楽しい1日が過ごせました。



 今日は本当にお疲れ様でした。

鉄道コム

| | コメント (0)

2012年5月 4日 (金)

撮影日記(2012.4.1)(その1)「京阪とJR奈良線の車両撮影」

 今回は、あれからもう1か月以上経ちましたが、なかっちょ様と2度目の撮影となる、2012年4月1日(日)の時の模様をお伝えします。
 
 この日の主な目的は「私の初の嵐電乗車」でした。

 その前に、なかっちょさんから「京阪の「洛楽」も撮影しましょう」とのお声が掛ったので、事前の打ち合わせの結果、京阪本線の鳥羽街道駅で待ち合わせすることとなりました。

 私が同駅で撮影をするのは、初めてでした。

画像



 まず、枚方市駅まで9000系の急行に乗車しました。

画像



画像



 程なく8000系の特急に乗り換え、丹波橋駅で接続している2600系の普通に乗り換えました。

 待ち合わせ場所の鳥羽街道駅に到着したのは、10時41分でした。

 なかっちょさんと挨拶を交わした後、私となかっちょさんは大阪方面ホームの京都寄りへ移動しました。

 よく見ると、JR奈良線の線路も見えて「これは、良い写真が撮れそうだ」と、私は心の中で思いました。

 以下、京阪、JR奈良線の私が撮影したものを、撮影時間順に紹介してまいります。

画像



 まず、3000系3001Fの特急を撮影。

画像



 続いて2600系2601Fの普通を撮影。

画像



画像



 JR奈良線のみやこ路快速が両方向からやって来ました。

 私がJR西日本の中でお気に入りの車両のひとつです。

 現在は同社の「アーバンネットワーク」の路線で、オールラウンドに活躍しています。

画像



 続いて、普通列車用の奈良電車区所属の103系の城陽行きを撮影しました。

画像



 再び京阪の車両です。8000系の特急です。

画像



 7000系の普通です。

画像



 出町柳へ向かう、8000系の特急を後追いで撮影しました。

 JRの列車は、近くにある踏切の音で分かります。

 京阪に比べると、列車の本数は少ないのですが・・・。

画像



画像



 103系の京都行きと奈良行きが、立て続けにやって来ました。
 
 よく見ると、前面の手すりの部分が汚れていたり、車両もグロベンが残っていて「JR西はまだこんな車両を使い続けるのか・・・」と、少し不安な気持ちになりました。

画像



 まもなく「洛楽」が通過する時間との事なので、カメラを京阪のホームへ向けました。

 現在の京阪で唯一の「ゾロ目編成」、5000系5555Fの準急が撮影できました。

 そして、いよいよ「本命」の「洛楽」がゆっくりとこちらに向かってきました。

画像



画像



画像



 個人的には満足のいく写真が撮れたと思っています。

 この後なかっちょさんが「(洛楽の)2本目も撮りますか?」と私に尋ねてきました。

 結局時間の関係で、嵐電を撮る事にしました。

画像



画像



 この後、なかっちょさんが運用に入っているのを見たとおっしゃっていた、「ひらパー電車」(7000系7004F)を撮影しました。

画像



 京都方面のホームへ移動し、先ほど撮影した3000系の特急が折り返してきました。

画像



 鳥羽街道駅は、準急と普通しか停車しません。

 今度は阪急京都線に河原町駅まで移動するので、この2600系2605Fの普通に祇園四条駅まで乗車しました。(つづく)


鉄道コム

web拍手 by FC2

| | コメント (0)

2012年5月 1日 (火)

京阪撮影日記(2012.4.14)(その4)

 (その3)の続きになります。



 

画像




 帰路へ就きます。

 

 到着した中書島行きの編成は2600系2623Fでした。



画像




 乗車中に車内を撮影してみました。

 

 「ひらパー」の広告が目に留まりました。(笑)

 

 ちなみに、その「ひらパー」の広告の上の部分にも広告スペースがあるのですが、この2600系(30番台を含む)や2200系の一部の編成は、この仕様となっています。

 

 以前は「ステッカータイプの広告」があったのですが、いつの間にやら無くなったようです。

 

 この車内広告についての詳細は、京阪のHP内の「電車・駅のご案内」のページの下の方にある「京阪電車広告のご案内」のバナーをクリックすると、見る事ができます。



画像




 京阪オリジナルの回転グリル、蛍光灯カバーは、2400系などと同じタイプ、2200系と同じタイプの予備灯に、スピーカーは新しいタイプと、天井周りも結構「通好み」だと思います。



画像




 最近気が付いたのが、車内に設置してある室温計です。

 

 この編成では、昔ながらのものが設置してありました。

 

 中書島駅に到着しました。

 

 4番線に留置車両がなかったので、私は4番線に移動しました。



画像




 ここで、2623Fをじっくりと観察しました(画像は再掲)。



画像





画像




 この2823の車体は側面窓の配置から、2000系の初期製造車からのものですね。



画像




 この側面方向幕も、2000系時代の末期に設置されましたが、このタイプ(ブリッジ式というらしい)になったのは、2600系に生まれ変わってからでした。



画像





画像





画像




 中間2両の連結部分です。「転落防止幌(外幌)」は、のちに設置されました。

 

 形式は、それぞれ向かって左から「2700形」、「2900形」と、実質は2200系の一部の車両と同様、「中間車扱い」となっています。



画像





画像




 連結面上部です。2000系時代の原型の前照灯が、そのまま残されています。



画像




 この2923はT車ですが、パンタグラフが装備されています。

 

 この後、到着した淀屋橋行きの特急が初代3000系の8000系30番台だったので、乗車することにしました。



画像





画像





画像




 シートが交換されたほかは、ほぼ変更点のない、車内でした。

 

 この編成に連結されている「テレビカー」は、今後どうなるのでしょうか・・・?



画像




 樟葉駅で前面を撮影しました。

 

 ほぼ原形を留めているところが素晴らしいと思いました。

 

 「ファンから特に人気が高い車両」だと改めて思いました。

 

 この後、到着した同駅始発の急行(6000系)に乗り換え、最寄り駅で下車しました。



画像





画像





画像




 偶然とでも言うのでしょうか?2600系2編成を見る事ができました。

 

 準急出町柳行きの運用に就いているのは、「2630番台」の2634F、普通淀屋橋行きは、「0番台」の2605Fでした。

 

 「2630番台」は「完全な新造車」なので、しばらくは残るものと思われますが、「0番台」は廃車が進んでおり、宇治線の車両は、この日デビューした新型車両13000系が出揃う今夏には、引退という噂を聞いております。

 

 私個人の意見としては「古めかしい車体とは裏腹に乗り心地は非常に良い(揺れがほとんど無い)ので、1編成(4両)くらいは、「ファン向けのイベント用」として、残してもらいたい」と思っているのですが・・・。(完)

鉄道コム

| | コメント (0)

« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »