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2011年8月22日 (月)

大阪市交谷町線 撮影&乗車日記(その1)

 20日(土)、私は京阪天満橋駅で中川家礼二さんの「京阪オリジナルグッズ」(くわしくはこちら)を購入後、10時から開館する大阪市交天神橋筋六丁目駅(以下、天六駅)のそばにある大阪市の施設「大阪市立住まいのミュージアム 大阪くらしの今昔館」(以下、同館)で開催中の「原信太郎さんの模型企画展示展」を見学するまで時間があったので、大阪市交谷町線の天満橋駅のホームで、「谷町線の車両」を撮影することにしました。



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 谷町線天満橋駅(以下、同駅)の駅名票(大日方面)です。


 今回の撮影の目的は・・・。


 (1)最新型車両「30000系」を撮影&乗車すること。


 (2)残り少なくなった「30系」を撮影すること。


 ここでいきなり「結論」ですが、以上のうち(1)は実現しましたが、(2)については残念ながら、お目にかかることはできませんでした。


 同駅で入手した「発車時刻表」によると、土休日のこの時間帯(9時代)は、5分間隔で八尾南方面は、「八尾南行き」と「文の里行き」が、大日方面は同じく「大日行き」と「都島行き」が、それぞれ交互に発着するダイヤとなっていました。


 ホームに降りてしばらく待っていると(この「待ち時間」も「5分間隔」なので、そんなに苦になりませんでした)、「文の里行き」の列車が、以前から撮りたかった30000系(32603F)でした!!



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 この後、到着した「文の里行き」も30000系(32601F)でした。



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 先頭部の「VVVFインバータ表記と号車表記(32601は1号車)」のデザインが斬新です。


 今年12月に導入が決定した、御堂筋線用30000系の登場が楽しみです。


 このほか、同線の「最大勢力車両」である新20系(22系)も撮影しました。



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 この谷町線(以下、同線)で現在運用されている「新20系」は、バリエーションが多く、趣味的に見ても面白いと、私は思います。


 まず、この「22660F」は、新製当初から同線に配置された編成ではなく、元は中央線に在籍していた新20系(24系24610F)なのです。


 少々ややこしいお話になりますが、この22660Fほか計9編成(22655F~22663F)存在する通称「22系50番台」は、2006年3月の近鉄けいはんな線への直通運転に備え、2004年から同線の「20系30番台」9編成(2631F~2639F)を中央線へ転属させ、中央線の新20系(24系)7編成(24605F~24611F)とOTS(大阪トランスポートシステム・当時)のOTS系2編成(651F、652F)を同線へ転属させて改番および中央線時代に取り付けられていた、「抑速ブレーキ」を撤去して同線の「22系の一員」としたものなのです。


 つまり同線には、以前は「アルミ車体の20系」も在籍していたのです。



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 この「22663F」は、旧OTS系(652F)の車両です。



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 ちなみにこちらは、帰路の際乗車した同線の新20系ですが、こちらは下の画像の銘板の通り、1990(平成2)年に東急車輛で製造され、四つ橋線用新20系(23系)と同時にデビューした、初期製造編成(22606F)です。


 車番表記が前述の編成と比べて大きいのがお分かりでしょうか?


 この記事を書くにあたり、「Wikipedia」を参考資料とさせていただきました。


 今回はここまでです。


 (その2)では、私が30000系に「初乗車」した際の記録をお送りします。(その2へつづく)


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